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Red Orchid
本編 > 第一章 正しいネコのかぶり方 >

 家の玄関を開けると、男物の綺麗に磨かれた革靴が目に入る。
 
 ああ、今日は早いな……
 そう思った途端リビングのドアがばぁ〜んと開いて、見慣れた顔の高そうなスーツ姿の男が笑みを浮かべながら出て来た。

「おかえり。樹哉。白鷺初日はどうだった?」

 そう言って心配そうに見つめてくるのは、母の弟で、日本での俺の保護者、真鍋豪望だ。
 見慣れた顔って言うのは、知っているからと言うばかりでもなく、母に似たという意味も含まれる。母よりも少しきつめだけど。
 そして、母に似ているって事は俺にも似てるって事で、その上、祖母にも似てるって事だ。

 すごい、遺伝子のなせる業?これもある意味女系とか言うのだろうか……
 
 俺の日本での生活基盤は、母の実家である真鍋の家だった。
 叔父と祖母二人で住んでいた所に、俺が転がり込んで早二年、大人二人の静かな生活だったろうに、俺が居る所為で色々と迷惑をかけていると思うんだが、二人とも嫌な顔をせずに、俺を家族と認めて置いてくれている。
 と、言うか、むしろ思いっきり可愛がってくれている。特に豪望さんが。

「ただいま。豪望さん。今日、早くない?」
「樹哉が転入初日だからね。色々感想聞きたいし」
「仕事は?」
「可愛い樹哉が心配で、それどころじゃないよ?」
「……仕事ほっぽり出して来た?もしかして」
「う〜ん、今日絶対ってものは全てしてきたから大丈夫」
「……大貫さん怒ってるよ絶対」
「大貫が怒ったからって、僕はなにも感じないよ?いつもの事だし。それよりも、学校どうだった?」
「う〜ん、まあ……」

 豪望さんのこの言い様……

 大貫さんと言うのは、豪望さんの秘書で、破天荒な豪望さんにいつも振り回されている可哀想な人だ。ちなみに、豪望さんは数件の飲食店やテナントビル、マンションなどを所有している、実業家。
 母も似たような感じだから、商才ってのがある家系なんだろうか?じゃ、俺にもあるかも。将来安泰かな。

 ともかく、玄関で、これ以上話す気がせず、俺は、靴を脱ぐとリビングへと向かう。その後ろから小さいため息が聞こえてきた。豪望さんは、きっと俺が興奮して話すのを期待していたんだろう。けど、今日一日で色々あった俺は、興奮よりも疲れていて、まずゆっくりしたいと思っていたから、そんな豪望さんの問いには答えず、開け放たれたリビングに入っていった。

 そして、持っていた鞄をソファーの隣に置き、そこに腰かけ、おおきな深呼吸をする。ため息ではない。
 こんな風に空気を求めているって事は、自分が思っていた以上に気を使ってたんだな、俺。

「ため息なんかついて、そんなにあそこはすごかった?」
「ため息じゃない」

 俺はふくれっつらをして、横を向いた。
 豪望さんは、笑って俺の横に座る。

 その口ぶりから、あの学校の現状を知っているのかと感じた。

 知ってたんなら前もって教えておいて欲しい。
 そしたらもっと違う風に振舞えたかもしれないのだ。
 間違っても、最初の挨拶で、あんな事しなかった。と、思う。選択を間違えた……

 俺は、ちょっとムカついて、豪望さんの方を向くと、不機嫌な口調で問いかけた。

「豪望さん、知ってた?あそこがゲイの治外法権だって」
「え?治外法権?」

 本気で驚く豪望さんを見て、それが俺の検討違いだと解かる。
 
 そりゃそうか。
 可愛い甥をそんなところにわざわざ入れないよな。

「あ、知らなかったんだ、そうだよね」
「なに?樹哉、説明しなさい」
「う、うーんとね、えーーと……」

 豪望さんが心配そうな表情で俺の肩に手をかけ、でも有無を言わさぬ迫力で、問いかける。
 俺は、こんな豪望さんが結構苦手だったりする。

 基本的には、小さい頃心配を掛け過ぎた所為か、俺にはメタメタ甘い豪望さんなのだが、俺の危機と見るや、結構非情な手段を講じる事がある。そうなるのが解かって、俺が黙っていると、必ずこんな顔で、俺から無理矢理事を聞きだしてくるんだ。
 しかも、泣く。
 そこまでするか?と思うけど、俺にも引け目があって豪望さんに泣かれると辛いのだ。
 結局俺はいつも、こんな豪望さんには勝てない。

 今日もきっと、あと少しで泣くだろう。
 今回は、豪望さんを泣かせてまで知られると不味い事もないから、さっさと白状する事にした。

「なんか、強姦多発中につき?みたいな……あはははは」

 ピキッっと音がしたような気がして、凍った。

 豪望さんが凍った。

「た、豪望さん?」

 俺は、固まった豪望さんをゆさぶった。

 二度三度とゆさぶると、豪望さんが復活し、ホッとしたのもつかの間、胸の内ポケットから携帯を取り出し電話を掛けはじめている。その眼が凍るような冷たさで、豪望さんがかなり怒っているのを感じた。
 こんな眼の豪望さんを俺は制する気力もなく、ただ呆然と見守るのみだ。

 でも、誰に掛けてるんだろう?

「あ、隆徳?お前の学校なんだ?同性愛が盛んだて言うのは聞いてたけど、強姦多発ってなんだ?そんな所に樹哉をやれるかーーーっ!!!」

 繋がったと同時に怒鳴る豪望さんの言葉を俺は唖然と聞いた。
 話している相手はどうやら、白鷺学園の理事の内の一人で、理事長の息子でもあり、豪望さんの友人の隆徳さんだ。

 彼は、前の学校を大人の都合で退学させられ、親への申し訳なさと自分の不甲斐なさと豪望さんがうっとうしいのとで、落ち込んでいた俺に、白鷺に来いと言って救ってくれた、いわば俺の恩人だった。

 そんな恩人に豪望さんはすごい事を言っている。心配なのはわかるけど、ここしかもう俺の転入先はないんだから、事を荒げないで欲しいです。豪望さん。

 しかも、だ。
 同性愛が盛んって知ってたんだ。
 そーなんだ。
 ふーん。

 それを事前に教えて欲しかったよ。俺は。

「もう明日からはお前んとこには行かせない。危ないじゃないか。樹哉に何かあったらどうするつもりだ?退学だーー」
「えっ!」
 
 人の電話だからと思って黙っていたら、何を言いだすんだ、この人は!
 退学する気なんて全然ないっ。

「行け、リョウタ。豪望を狙え」

 俺が豪望さんへ手を伸ばしたのと同時に聞こえてきた声。
 声がした方を見ると、祖母が、リビングの入り口でスーパーの袋を両手に持ち仁王立ちして愛犬リョウタを嗾けていた。

 次に俺が眼にしたのは、その声に反応したリョウタが豪望さんに飛び掛ってじゃれている場面だった。
 そして携帯は、豪望さんの手から吹っ飛んで、目の前のテーブルへ落ちた。そこから、「もしもしーーー?」と隆徳さんの声が漏れ響いている。

 俺はその携帯を慌てて拾い、電話に出る。

「隆徳さん?ちょっと待ってくれる?」

 隆徳さんは不審そうな声だったが、とりあえず、納得してくれて、待ってくれるようだ。

「うわっ、止めなさい、リョウタ。こらっ……、樹哉」

 豪望さんはリョウタを退かそうとしているらしいが、それが出来ていない。涙目になりながら、俺に助けを請う。俺は、勝手に退学などと言っている豪望さんを助けるつもりがないので、無視をした。それを見て、今度は祖母に声を掛ける。

「……母さん退かせて」

 祖母は大またで、ソファーまで近づくとひょいっとリョウタを抱きかかえ、静かな声で、豪望さんに話しかけた。

「豪望、何をしてるんだ」
「何って、リョウタにじゃれられて……」
「そーじゃないよ、誰に何を言っていたんだって聞いたんだよ」
「隆徳に電話。樹哉を危ない学校に置いておけないから……」

 祖母は呆れた顔をして、

「それじゃ、お前は、樹哉に高校を卒業させない気かい?」

 と言った。

 これは、長くなるかもしれない。と俺は思い、隆徳さんに後で掛け直すからと言って電話を切った。

「……しかし、あそこは危険みたいだ」
「危険?」

 危険と聞いて、祖母は俺に視線を投げかける。

 豪望さん……、それをばーちゃんに言わないでくれ、そして俺にふらないで……

 豪望さんは俺の表面の出来事全てを知っている。親には言えない事も、日本での事もあっちでの事も、全てだ。
 さすがに裏でやっていた、いたずらなどは知らないと思うけど。
 
 当然、俺が男女どっちでもいける事も知っている。

 だけど、祖母はそうじゃない。喧嘩とかはともかく男同士の事なんて、いくら祖母が50代だと言っても理解出来ないだろうし、説明もしたくないから言ってない。

 そんな俺の視線に気付いて、豪望さんはフォローを入れてくれた。

「白鷺は暴力事件が多いらしいんだよ、母さん」

 豪望さんのその答えで納得してくれたのか、祖母は、豪望さんと話しを再開させた。

「だとしても、樹哉には今、白鷺しか受け入れてくれる所がないんだ、それくらい判ってるだろう?それに、樹哉はそう言う事も考えて、私に行きたいと言ってきた。この子の気持ちも汲んでやれ」

 祖母の言うとおり、俺にはもう白鷺しかない。
 日本に来て、通った学校は5校。問題を起して、というか、起きて、転校、転入を繰り返し、最後の1校がとうとう自主退学。そんな俺を受け入れてくれる学校は、近隣には白鷺だけだろう。

 大検って方法ももちろん知っている、けれど、将来は日本ではない大学に行くつもりだから、高卒というのも大検にも特に興味はない。
 だけど、「学校生活」には憧れてる。あっちでも色々な事がありすぎて、まともに学校に通えなかった。だから、どうしても俺は普通の「学校生活」を送りたい。
 これは、今までも常に思っていた事だった。そして、それは、両親を安心させる事でもあり、祖母との約束でもある。

 普通に友達と授業を受けて、学校帰りにどこか寄り道して、たまには友達とどこかへ出かけたり……

 実現できていないけど、今度こそとネコをかぶっているんだから。

「豪望さん、俺、学校に行きたい。その為だったら、このくらい、どーって事ないし、なるべくおとなしくして、無事卒業するっって、父さんにも母さんにも、そんで、ばーちゃんとも約束したから。なによりも、楽しい学校生活っていうのやってみたいし、あ、そうだ。もう友達も出来たんだよ?だから……」

 必死で話す俺に、豪望さんはふっと笑顔を見せた。

「二人にそう言われたら、しょうがない。隆徳に電話して撤回しとかないとね」

 そう言った豪望さんに、「わかればいい」と祖母は笑顔で返し、リョウタを右手に買い物袋二つを左に持ちキッチンへと入っていった。なんというか、豪快な我祖母だ。

「ああ、だけど、樹哉。もうすぐあそこは水泳の授業が始まるけど、それにはでちゃだめだよ?隆徳に頼んでおくから」
「え?どうして?」
「樹哉の身体、見せたら危なそうだし、ね」

 その言葉だけ聞けば、さっきの強姦云々の続きで心配しているという感じだけれど、きっと、違う。
 それに気がついて、はっきり言わない豪望さんの気遣いを感じた。俺にとっては別になんとも思わない事なのに、豪望さんはいつも気遣う。そこに俺が意識を向けないように、という事だろう。

 俺の背中にある、傷の理由を。

 だから俺はその言葉への返事をした。

「うん、そうだね。いいよ、プール我慢する」
「そうしてくれると、僕も安心だよ。あっーーと、早く隆徳に電話しないと、樹哉退学になっちゃうよね」

 ウインクしながら豪望さんは俺から携帯を受け取ると、隆徳さんに電話し始めた。
 それを横目で見ながら、俺はもう一度深呼吸する。

 疲れた。

 転入初日にして、学校では姫扱い、その上男に2度も襲われ、二度とも人に助けられた。
 帰ったら、もう少しで退学になりそうになる。
 その上ネコをかぶるのに神経を使い、精神力を消耗していた。

 散々だ。

 けれど、平穏な学校生活という望みを叶えるために頑張るしかない。
 俺は、明日からの平穏を守る為に、精神修行だとでも思ってネコをかぶり続ける決意を新たに固めていた。


第一章・完




王道ものがやりたくて始めたシリーズなのに、全然王道になりませんっ┌|゜□゜;|┐ガーン!!
だけど、好きな秘密過去もち主人公というのははずせずに、このシリーズどんどん現代ファンタジーのような設定に(^。^;)
少し長くなりますがお付き合いいただけると嬉しいです。

ご意見・ご感想などいただけると、泣きます(笑
その上更新頻度があがります…たぶn\(`o'") こら-っ
ただ、批判に少々気弱になりますので、その際には、オブラートにお包み下さい(^-^;
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