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Red Orchid
本編 > 第二章 彼たちの心情 >

 智章と教室から早々に退散し、1階についた所で、担任の大野に呼び止められた。

「おーい、石津。ちょうどいい所で会った」

 大野は大きな身体をゆさぶりながら、俺達に近づいてくる。その様子は熊だ。熊。
 のっそりって言葉が似合っている、髭づらの大男というのが俺の第一印象だった。厳つい顔立ちなのに、澄んだ目をしてて、笑った時に出来る目尻の皺は、親しみやすささえ感じさせる。もしかすると大野は癒し系かも、と俺は思っていた。

「先生?なんですか?」
「ああ、これ、図書室に返しに行こうとしてたんだがな、今、放送で呼び出されちまった。どうしたもんか、と思っとったら、お前がこんな場所にいるじゃないか!お前、図書委員だろ?持ってってくれないか?」

 そう言って、手にあった分厚い本を智章に手渡した。

 突然そんな事を言われて、呆然としながらも、智章は反射的に出た手で本を受けとる。
 その本と大野を見比べながら、智章は、苦笑を漏らしていた。

 それは、そうだろう、図書室は今いる教室棟の反対側の特別棟の三階にある。今から椋介の練習を見にいくつもりの智章には、ちょっと寄っていもいい、などとは思わない程遠い。

「先生、図書委員だからって、こんな事普通しないですよ?僕に用事があるとかって思わないんですか?」
「え?用事あるのか?ああ、相沢となにか約束か?だったら……」

 慌てた様子の大野を智章は制して、

「いいですよ、時間が決まってる用事じゃないですから、その代わり、今度購買のいちごミルク!奢って下さいね〜」
「ちゃっかりしてんな、石津は。わかった、それで、手を打とう。……すまんな、相沢も少し付き合ってやってくれるか?」
「あ、すぐ終わるから、樹哉くんは先に行っててくれる?あ、あと、前の扉からだとバレバレだから、裏に回ってね。じゃ、先生約束忘れないで」

 俺の返事を待たずに、走り去る智章に大野は「廊下走るな〜」と教師らしい事を言った。
 どんどん小さくなる智章を見ながら、大野は人気ものなんだろうな、と俺は改めて感じていた。

 だって、そうだろう?
 突然使いっぱしりにされても、文句を言わせない。それは大野の態度や、言葉から”命令”という教師にありがちな高圧的なものがないからだ。
 それを許される立場でありながら、そうならない、と言うのは結構すごい事だろうと思う。

 そう思ってちらりと大野に目線を向けると、大野は、俺を見ていた。

 ……びっくりですよ?先生。

「どうだ?相沢、この学校慣れたか?」
「え?あ、はい。まあ、なんとなく」

 大野は目を細め、なにやら思案した様子を見せた。
 それを不思議に思いながら、見ていると、大野の大きな手が近づいてきて、俺の頬を指で撫でる……

 !!

「何?なんですかっ?」

 まさか教師の大野にそんな事をされると思っていなかった俺は、本気で動揺してしまった。
 周りは大野に都合よく、誰もいないというのも、よく出来ていて、大野が周りを良く観察していると褒めるべきか?

「いや、綺麗な顔だな〜と思って」

 しれ〜っとそんな事を言う大野に、驚いて声が出ない。
 よもや、教師もそれ嗜好な奴が居るのか?いや、居て当たり前かもしれない、この学校なら。

 危険な学校!白鷺学園あなどるなかれ……

 だが、大野の行動は、ただ単純な欲求のものだと思っていた俺が、次の言葉でそれが間違いだと気付く。

「この綺麗な顔と、親の持つものとで、お前、苦労してきたんだな……」

 大野の表情は、男の欲情のそれではなく、もっと高尚な慈愛に満ちていて、そして、その言葉は、まるで俺の全てを判っているようだった。

 いや、そんな筈がない。大野があの事を知っているなんてこと、ありえない。

 いくら豪望さんが隆徳さんの友達でも、あんな事話さないだろう。あれは、豪望さんの中では消化できていない事。だから、豪望さんは、俺を必要以上に甘やかす。
 それを他人に話す事などないと断言できた。たとえそれが、俺にとっては、どうでもいい事であったとしても、だ。

 なら、大野のこの目線と言葉は、何だ?
 知っているとするなら、誰から?
 ……家族以外でそれを知っている人物、そこに思い当たって俺は混乱した。

「先生……?何を、言ってるんですか?」

 探るような目線を送る俺に、大野は、ふっと笑い、頬に在った手を頭に移動させ、俺の髪をくしゃとかき回した。

「いや、親元を離れたお前が荒れるのもわかるな〜と思ってな、それに、その顔じゃ、ここじゃなくても危ない目にあってそうだからな」
「それ、だけですか?」
「ん?それ以外なんかあるのか?」
「いえ……」
「ま、ともかく、ここでは気を抜くなよ?もう判ったと思うが、お前の隙を狙ってる奴は沢山いるんだからな、この学校は」

 大野は、俺の頭から離れた手を自分の頭に持って行き、ぼりぼりと掻きながら、「ひどい学校もあるもんだ」と笑った。

「ええ、判ります」
「ああ、じゃあ、気を付けろよ。足止めして悪かった」

 そう言って、大野はそのまま元来た廊下を去っていった。

 その後ろ姿を見ながら、俺は大野の言葉が本音であるのか、それとも、はぐらかしているのかを図りかねていた。

 本音なら、それでいい。
 だけど、もし、はぐらかしているだけで、あの事を知っているのだとしたら、そして、それを教えたのがあの人ならば、俺は大野に聞きたい事があるのだ。

 兎に角、このままここに居る訳にもいかず、どうやって大野の事を探るべきか、考えを巡らしながら、武道館へと向かった。
 
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