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Red Orchid
本編 > 第二章 彼たちの心情 >

 智章は武道館の裏へと言っていた、そこは中履きのままでは行けない。俺は一端下駄箱に向かい、靴に履き替えた。

 玄関を出て、食堂と校舎の脇を抜け、階段を上がると左に体育館、右に武道館がある。
 俺はそのまま武道館の裏へと足を進めた。

 武道館の裏は、先日の食堂裏とは違い、日差しをさえぎるものはなく明るい。そして、ここでも練習ができるのではないか?と思うほど広い場所だった。
 武道館からは、竹刀の打ち合う音と規則ある掛け声、すり足が作る床からの音が聞こえている。
 その音は、俺に平穏な学生なのだと自覚を促すものであるはずだ。

 なのに、俺の頭は大野の事を考える。そして、それに通じるあの人の記憶が俺を過去に送る。平穏とは無関係のあの頃に。

 初めて手にしたあの人への鍵かもしれない大野。それは、間違いかもしれないし、小さすぎるのかもしれない。それでも、ほんのわずかな手掛かりにさえ俺の心は動じている。
 それほどに渇望している自分に気付き、俺は苦笑を浮かべた。

 次の瞬間、俺は背後に人の気配を感じる。智章の気配でない。

 突然脳裏に、展開される映像。

 もがいても空を切る足。
 冷たく硬いコンクリートの床。
 多数の人の手。

 そして、流れる血の赤。

「くっ……」
 
 一瞬背中が疼いたような気がした。それと同時に背後から伸ばされた手を感じ、とっさにその手を弾いた。そのまま、右足を軸に身体を反転させ、背後の人物に向き直る。
 そして反射的にその人物に向かって、殺気を込めた目線を投げつけた。

 俺のそんな視線を受け止めた人物は、俺に弾かれた手を浮かせ呆然とこちらを見ている。

 藤平だった。 

「…ふ、藤平、先輩……」

 俺はすぐに緊張を解くが、気まずい雰囲気は、和らがない。

 まずった。
 大野の事で、意識が過去に引き摺られていたとはいえ、あんな目線を投げるなんて……。自分の失態が悔やまれる。

「……お前、名前は?」

 驚きの表情を浮かべていた藤平だったが、俺の様子が変わると、それは好戦的なものに変わった。笑顔さえ浮かべるその様子に、藤平が必要以上に俺に興味を持ってしまった事を理解する。

 まずい、非常にまずい。
 こんな場所で、この人を相手になど出来ないし、するつもりもない。

 俺は、怯えを混ぜた笑顔を作り、藤平の問いに答える。

「相沢です。相沢樹哉。この前は助けて頂いてありがとうございました」

 これで、欺ける男であってくれ、と心で祈る俺だったが、やはり、藤平はそうではないようだ。

「…ああ、よけいな事しちまったみてーだけどな、お前、けっこう”やる”だろう?」

 藤平の問いに、俺はどう答えようか迷った。その間に、藤平の手がまた俺に伸びてくる。それを振り払うのは容易いが、ここでそれをしようものなら、藤平の考えを肯定する事になる。
 だが、簡単に捕まるというのもどうか?それに、藤平は俺を捕まえてどうするつもりだ?

 そんな考えがぐるぐる回り、結局藤平に手を捕まれてしまった。

「あんな目つきをするくせに、今は簡単に俺に捕まる。くくっ。お前、おもしれーな」
「……あなたは、何をしたいんですか?」

 手を捕まれたまま、俺は藤平の真意を図ろうと問いかける。
 そんな俺の問いには答えず、藤平は一歩前進し、俺との距離を縮めると、掴んでいた手を自分の方へと引っ張った。それに促されるように、俺の身体は藤平の腕の中へと落ちる。

「……何?」

 藤平は好戦的なのだと思っていた。強いものと闘うのが好きな男だと。だから、俺の目線と身のこなしから、喧嘩なれしていると判断して、俺とやりたいのだと思っていた。
 世の中にはそういうやからも結構いて、今までも俺はそれに応じてきた。何度も学校を変わってきた原因の一つでもある。

 だが、今の状況は喧嘩とは程遠い。というか、抱きこめられている?
 そういえば、最初に会った時も抱き込まれた。もしや、こいつもそういう嗜好?

 俺は藤平の腕の中で思案する。ここからそう易々と逃れられないというのは、この前の事で判っている。こういう事なら、藤平との間合いをもっと取っておくべきだった。
 無駄な努力をするよりも、隙を狙って逃げた方が効率がいい。そう考えて、大人しくしながら、藤平の顔を見上げた。

「この前、別嬪にしては、肝が据わってやがると思ったんだ。あん時は、そういう状況に慣れて麻痺でもしてんじゃねーかと可哀相に思ってたんだが、そうじゃなかったんだな。慣れてんのは、喧嘩の方ってか?ん?」

 藤平の手が俺の顎を持ち上げる。
 異様に近づく藤平の意図を正確に理解して、まだネコをかぶっていたい俺は、口を硬く閉ざした。

 藤平の息が俺の唇を掠める。

「ただの別嬪に興味はねーが、お前は別だ、おもしれー」

 思っていた通り、藤平の口が俺の唇に落ちてきた。そして、当然のように、俺の唇を割り開こうと舌を沿わせる。だが、こっちもそのつもりで、身構えていたから、簡単に開かせない。

 唇を割られれば、欲望に忠実になっていく、自分を知っている。この学校でそれを知られるわけにはいかないだろう。ただでさえ、藤平には、もう一つの方はバレかけているというのに、それすらバレたら、俺はどうすればいい?

 ……って、あれ?どうもしなくてもいいのか?
 藤平一人に知られても、他の奴に知られなければいい訳で、なら、藤平を黙らせれば事は済むんじゃないか?

 ふと、そう思ってしまい、硬く閉じていた口の力が緩んだ。

 そんな隙を逃す藤平ではなかったようで、ここぞとばかりに、俺の唇をこじ開け入り込み、一瞬の内に歯列を割った。藤平は水を得た魚のように、俺の口内を弄ぶように蠢き、俺の上あごをするりと掠める。その途端、背筋に悦楽が走った。
 
 こいつ、上手い。

 そう気付いた俺は、抵抗するのも馬鹿らしくなり、欲望に身を任せるまま藤平の舌に自ら絡みついた。

「……んっ……ふ……っ…」

 俺は、欲情の混じった吐息を漏らす。そして、藤平から送り込まれる唾液を飲み干し、喉がこくりと動いた。
 顎にあった、藤平の手がその喉を掠め滑り降り、シャツの上から、胸の突起を擽る。そのむず痒い感覚が俺の快楽を引きずり出そうとしていた。

「…んぁ…っ……」

 くちゅ、と音を立てて藤平の口が離れる。俺の口からは飲み込み切れなかった唾液が漏れている。俺は、藤平の目を見ながらそれを舌で舐めとった。
 その様子を目を細めて眺める藤平。
 今の俺は欲に濡れた目をして、さぞ藤平を煽っている事だろう。

 俺は藤平の胸にあった右手を伸ばし、藤平の首を掴むともう一度自分の方へ引き寄せる。
 藤平はされるがままに顔を寄せた。
 もう少しで、唇が触れるという所で、藤平は止まり、にやりと笑う。

「お前、やっぱり、ヤられる事に慣れてやがるな」

 藤平の言葉には意図的だろう、軽い蔑みが隠れてた。だが、そんな安い挑発に、乗る事もなく、

「……だとしたら、何ですか?」

 と、逆に、誘うような笑顔を見せてやった。

 すると藤平はにやにやしながら、「面白みが増すだけだ」と呟いた。そして、そのまま顔を傾け、俺の耳元に近づき、低い低音で誘うように囁いて来る。

「で、どうする?」

 何をどうすると言うのだろう?ここまでやっておいて。……というか、人をここまで煽っておいて!と言うべきか?

 さっきまでの、自身の乱れて現れた過去の思念などとっくに心の奥に帰っていて、ヤる気満々な俺が居るだけだというのに。
 ははは。俺って直情的?快楽主義?

「どうするって?」

 言いながら、決まっているだろう?と言う意味を込めて、熱く見つめてやる。

「こんな所でヤルってのか?さすがに俺でもここではなぁ〜。別んとこ行く?」

 にたりと色を乗せて笑う藤平ににそう言われて、自分がどこに居るのか思い出した。

 不味いっ、俺!
 状況がぶっ飛んでた模様です。

 確かに、こんな場所で事に及んだら、いくら部活に精を出している剣道部の連中でも気が付くだろう。それに、もうすぐ智章も来る筈だ。
 そもそも、藤平と事に及ぶ気もなかったのに、やはり欲情に流されていた。
 己の、欲に忠実な性格には自分でも呆れる。

 途端にあせり始めた俺は、伸ばした手を引っ込めて、藤平から逃れようと胸を押した。
 が、藤平は簡単に離してくれる筈もなく、俺はため息をつきながら、藤平を見上げる。

「行くにしても、行かないにしても、とにかく離してください」
「はぁ?行かないって選択もあるのか?ココ、こんなになってんのに?」

 藤平の手が移動し、欲望に素直であるが故にちょっとばかり硬くなってしまっている俺自身をするっっと撫でた。

「……ぁ……ん、はぁ…っ」

 不意に襲った刺激に、耐える間もなく声が漏れ、節操のない俺のソコはピクリと振るえ硬度を増した。
 俺って、俺って……俺という奴はーーーっ!

 ……無駄に煽んないでもらいたい。今は、もう。

「エロい声。もっと聞きてーなぁ」

 耳元で囁く低音が、ゾクリと快感を俺の中に植えつける。そんな俺に気付いているのか、藤平の手は容赦なく俺自身をズボンの上から撫で回し始めた。

「……あぁ、ん……止め、て…くだ…あ…っ」
「止めてやんねー」

 ここでは出来ないというのが藤平の結論だと思っていたのに、それはないらしく、藤平は動きを止めないと言う。
 俺は、と言えば、再び、快楽に流されようとしていて、既に頭に霞がかかりつつあり……

 すごくヤバイ。です。

 このまま進めば、間違いなく、剣道部にバレ、当然椋介にも見られて、その上智章にも……

 それだけは避けねばならんだろう!自分。
 せっかく、友達になったのだから、死守しろ。と自分の欲を抑える努力をしてみる。 

 俺は俯いて、ぎゅっと目を閉じ、快感とは無縁のものを思い浮かべてようとする

 …………………………
 ………………
 
 ……む、無理だ。何も思い浮かばないっ!!!

 結局早々に諦めて、藤平が言っていた場所移動の提案に乗る事にした。

「あっ…、せん、ぱい。ここでは…んっ…違う場所に……」

 止まらない快感に、口を開くと嬌声が混じるが、気にしている状態でもなく、藤平にお願いする。
 上目遣いに、赤い顔(たぶん)、切なそうに眉を寄せるオプション付きで、これでもかと煽る俺。……いや、ちょっとまて、煽っちゃ不味い、か?

 ……不味かったようですね…

 藤平は益々その雰囲気に色を乗せ、にたりと顔を歪ませて

「ん?後でな。とりあえず、一回出しとけよ。ここで」

 と言いきり、あろう事か俺のズボンのベルトに手を掛けた。

 さすがの俺でもこのままこの先に進むリスクに戦き、すぐさま手を下に下ろし藤平を止める。

「ちょっと、本気で止めてくださいっ。……ここじゃなきゃ、いいですから、ね?」
「でも、お前、辛くない?大丈夫、すぐ済むって」

 そんな早漏、嫌だ。

 ……って、そうじゃなくて、

「止めてください、と言っ……」

 俺の手を無視して、素早くベルトの戒めを解いてしまう藤平。そのまま前を開けられ直接モノに触れられてしまった。

「ぁっ……」

 その時、扉の開く音がして人の声が聞こえた。

「すみません、水飲んできます」

 りょ、りょ、椋介っ!

 どこ?
 どこの扉が開いた?

 あせって、藤平の胸から顔を背け、周りを確認するが、見渡す限り扉は見付けらない。

「ちっ、剣道部か?おい、黙ってろよ?」

 藤平はそう言うと、武道館の壁に俺を押し付け、手で口を塞がれた。

 こんな事をするよりも、俺を解放してくれ。と思う。
 この状況に、自分のはしたない欲も萎えてきて、冷静さを取り戻して来る。

 なにやってんだろ、俺。

 水音が聞こえ、椋介が武道館の横にある水飲み場にいる事がわかる。

 抱きつかれている藤平の手に力が篭るのを感じて、だんだん腹が立ってきた。

 藤平とこんな事するつもりもなかったのに、この状況。俺の馬鹿。
 それに、抱き込まれて口を塞がれる意味がわからんっ。抵抗などしていないだろう?
 とっとと場所移動しておいてくれれば、良かったのではないだろうか?
 この場所にこだわる必要があったと言うのか?藤平よっ。

 兎に角この状態から抜け出すべく、俺は、すっと右手を上げ首に沿わした。勘違いをしているだろう藤平は、驚きの表情を浮かべて、でも、次の瞬間にはにやにや笑い、両手を俺の腰に回して来た。

 俺は、藤平をにっこり笑って見ながら、親指にグッと力を入れ、喉仏の辺りをずらすように握った。

「…ぐぅ…っ…」

 思わぬ俺の攻撃に藤平の目は驚きの色を載せる。
 気管をずらされる感覚に、苦しいのだろう、くぐもった声を漏らしながら身体を引いた。と、同時に、腰にあった手が離れたのを俺は素早く確認し、喉にあった手を引こうとした。
 隙の出来た藤平の腕の中から逃れるのは簡単だと判断したからだ。

 だか、俺の推察が甘かったのか、動きが遅かったのか、藤平は俺の手を捕らえてしまい、しかも、腰にはまだもう一本手が残ったままだ。
 結局、不意の攻撃が成功したにもかかわらず、俺は先程と同じように拘束されている状況に変化を起せなかった。

 結構やるな、藤平。

 心の中で、藤平を冷静に分析する俺は、性欲求と違ったものが立ち上がるのを感じて知らず顔が緩んでいく。

「くっ……お、まえ、なんつー技かけてくれんの?つーか、楽しそうだぜ?」

 苦しそうに眉を潜めながらも、藤平の目は面白い玩具を見つけた獰猛な獣のようで、色気を感じる。
 俺はそんな藤平の目をしっかりと見つめながら、これからどうやって、手を振り払おうか考えていた。

―――― がさっ

「誰か居るのか?…………樹哉?」

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