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Red Orchid
本編 > 第二章 彼たちの心情 >

 自分の名が呼ばれた事にハッと反応してそちらを見ると、驚愕の顔をした椋介がそこに立っていた。

「あ……椋介」

 今のこの状況は、椋介にはどう見えているのか?
 藤平に腰を抱かれ、手を捕まれている俺。その上、ベルトが外れて、前、空いちゃってます。あはは……

 ……無理矢理抱き込まれていると見える、か?それとも、合意に見える?

 状況を理解しているのか、どうなのか、椋介の顔は驚愕から、怒気を含んだものに変化していく。
 その視線は、俺を捕らえている藤平へと注がれているような……

 その表情の変化から、椋介は俺が藤平に襲われていると判断したと理解した。

 しかし、【驚愕】は判る。
 でも、【怒気】ってのは何故?

 友達が襲われているってのは、怒る場面?…………大事な友達なら、怒る場面だな。うん。
 そうか、椋介、そこまで、俺の事思ってくれてるんだ!うれしいよ。俺は。

 そんな事を思い、状況に反してにやけて来る口元を必死で我慢していると、椋介はその表情のまま無言で俺達に近づいてきていた。

「藤平さん、樹哉、離してやってくれませんか?」

 椋介は怒りながらも、冷静な口調で、藤平に話しかけている。

 すっかり藤平の事を失念していた俺は、藤平の様子を伺おうと顔を上げた。

 藤平は椋介を見ながら笑っていた。新しい玩具をまた見つけたというような藤平の目に俺は、嫌な予感が走る。

「2年の中上、か。こいつと知り合い?」
「……友人です」
「ふーん」

 二人のやり取りを聞き、自分も取り繕うおうと口を開いた瞬間に、俺は手を引かれ、腰にあった藤平の手にも力が込められる。俺は、更に強く抱きしめられていた。

「あっ…っ。…先輩。離してくださいっ」

 椋介にばれるのを恐れ、強い抵抗が出来ずにそう言うと、目線は椋介を離さないまま目上の藤平の顔は楽しげに歪み「ヤダね、」と言った。

「今からいいことすんだからさー、邪魔しないで欲しいんだけど。なぁ?」
「樹哉も嫌がってますから、止めていただけませんか?」

 椋介と藤平の間の空気が剣呑なものになっていくのが判る。

 一発触発なこの状況。椋介がいつ藤平に手をだすか、非常に不安だ。
 椋介の事だから、このままだと本気でやり始めるかもしれない。
 ここは武道館で、剣道部の顧問も近くに居る。この状況で椋介が手をだしたなら、こいつはどうなる?よくて謹慎、悪くて停学とか?俺の為に、そんな事になったら俺は自分を許せない。
 当然、それは避けなければいけないだろう。

 かと言って、俺も、ばれたくなけりゃ、処分も受けたくない。
 どうすりゃいいんだ。この状況。

 椋介にばれず椋介を動かさず、かつ暴力的にではなく藤平の下から抜け出る方法………………ない……

 一人もんもんと考えていると、藤平はさらに調子づいたのか、俺の腰にあった手を移動させネクタイはそのままに、シャツのボタンを外しにかかる。

 藤平の手が離れた途端、ズボンがずり落ちそうになるのを慌てて開いていた手で押さえ、ついでに、ファスナーを上げるてベルトを止め直した。

 ……藤平、この場面で更にこういう事をするのか?
 お前は露出狂か?変態か?

 もちろん、俺はそんな趣味はなく、ましてや、自分を隠している今、こんな場面を誰にも見せる訳にはいかない。

「…嫌、……止めて、くださいっ……」

 ボタンを外された部分から藤平の手が入り込もうとするのを阻止しながら、なるべく弱々しい声で呟く。
 もちろん、か弱く見せたいのは椋介へ、であって、藤平に、ではない。

 どうせ、藤平にはもうどっちの自分も見せてしまっていて、隠すものなどないのだから。

 ただ椋介は違う。
 まだまだ、「か弱く、おとなしい相沢樹哉」を演じておきたい。

 先程まで、従順、とうか寧ろ誘うような仕草を見せ、抵抗するなら獰猛に手を出してきた俺が今はなよなよとした様子をみせるのを不審に思うのか、藤平は怪訝な顔で俺を見た。

「さっきとは、えらい違いだなぁ、おい」
「…え?なんの事です?」

 惚ける俺に藤平は眉を潜め、何か考える様子を見せる。

 藤平が何を言っても惚けるつもりでいる俺の心はいたって冷静。ともすれば、無表情になってしまうが、ここでそんな表情は「か弱い者」に似つかわしくないだろうから、表情にだけは怯えを乗せておく。

 俳優も真っ青な演技だろう?と自嘲するが、それも心の中でだけ。
 ま、欺く事には、慣れているのだからしょうがない。

 そう思っていると、結論がでたのか、藤平が俺の耳元に口を寄せ、椋介に聞こえないように話しかけてきた。

「こいつに知られたくねーのは淫乱な部分か?それとも凶暴な部分か?」

 正直、驚いた。

 俺の態度の違いだけで、的確に判断し、しかも俺に不利にならないように声を潜めて聞く。その藤平の行動には誠実さと頭の回転の速さを感じた。ただの、喧嘩馬鹿でエロ馬鹿じゃないんだ。と感心する。

 そして、藤平に対して怒りはしたが、快も不快も感じていながっただけに、自分の中で好感度が上昇していた。

 俺は表情にだけ不快を表しながら、声には快を込め、小さく藤平に答える。

「結構洞察力あるんですね。ええ、知られたくないのはその両方。でも椋介にだけじゃない。まだここの生徒すべてにばれたくないんです」
「俺にはばれたけどなぁ」
「ですね。でも、それはもうしょうがないからいいんです」

 藤平が喉の奥で笑ったのを頭の上で感じた。

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