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Red Orchid
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 『RO,The matter of ”Ono” was acknowledged. Bs』

 自分のWebメールに送信されたその文字を、確認して、俺は携帯を閉じた。

 大野とあの人との関係。
 それがあるのか、無いのか、今は何も分からない。

 けれど、これで何か、分かればいい。

 ずっと捜し求めている、俺の原点、あの人。――――――ユウヤ、今何処で何をしている?生きているのか?




 第三章 日常の秘密




「おい、相沢いい度胸だな、授業をサボって携帯か?」

 唐突に出来た日陰が、怒気を含んだ声色で、話しかけてきた。
 その日陰、体育教師の村上を俺は見上げる。

「サボって、って。許可は得ている筈ですけど?携帯を操作していた事は、すみません。以後気を付けます」

 そう、今は体育の授業中で、場所はプール。
 俺は、豪望さんの希望によって、その授業を見学し、プールの横のベンチに座っている所だった。

 授業は、プール検定試験(そんな検定意味ないと思う…)のまっさい中。
 そんな中で、それを見ずに携帯を操作していたら、それは、注意するに値するだろう。
 だから、俺は真摯にその注意を受け、謝った。

 しかし、この村上は、なぜだか、俺に敵意があるようで、プール以外の体育の授業中でも何かと難癖をつけてくる節がある。
 当然村上は、この事をしつこく突付いてくると思われ、俺はうんざりする。

「確かに、許可は出ているが、あんな物あるわけないだろう。俺は認めん。…お前、理事とどんな関係があるんだ?」

 村上は、なぜか意外な所に食いついて、しかも、にやついた表情で、そう言った。

 いかにも体育教師というような体格に、精悍な容姿をしている村上は人気があるらしく、聞いたところによるとファンと称するグループがあるらしい。

 だが、今目の前にいる村上の表情は醜悪で、その歪んだ顔には嫌悪感すら覚えてしまう。

 そんな表情をしなければ、結構好みでもあるのに……。

 俺は、不愉快になりながらも、笑顔を作り、村上の嫌味な問いかけに答えた。

「どんな、も何も、俺の保護者の友人なだけです。それに、診断書も出していると思いますが?」

 プールだけ見学にする理由に、豪望さんがどこからか、診断書を偽造して、それを理事である隆徳さんに渡した。

 〔対人恐怖症の一種で、裸での他者との接触により、発作を発症する。症状:動悸、過呼吸、手足の痺れ〕

 ……俺も、これは無理があると思うよ。豪望さん。
 
「まあ、いい。診断書は本物みたいだしな。だが俺は納得していない。お前だけ、試験免除で単位をやるわけにはいかん。あの診断書を読むと、他者と接触しなければいいんだろう?だったら、2日後の放課後、お前だけで試験をしてやる。分かったか」

 そう言うと、俺の返事を聞かず、元の位置へと戻っていった。

「傲慢な教師。ま、教師とは傲慢なもの、か」
「彼は君にだけ、特別傲慢なんだよ」

 突如背後から、独り言に答えられて、俺は驚いて振向くと、フェンスの向こう側で、きらきらした王子様然とした男がにっこりと微笑んでいた。

 誰?この人。

 その男は、173cmの俺よりも少し高い身長。ゆるく結ばれたタイの色は3年を表していた。長い髪を緩く一つにまとめ、そこから漏れた栗色の髪がふわりと顔にかかっている。綺麗に整った顔は優しげに微笑んでいて、その印象を高貴なものにしていた。

 しかし、こんなに近くに来るまで、俺に気配を感じさせなかったのには、驚く。

 いくら、村上とのやり取りに気を取られていたとしても、俺に気配を感じさせないって、何者?
 というか、俺、にぶってる?

「誰ですか?」

 ベンチに座っていた俺はその姿勢のまま、その男を警戒心をむき出しにして、見上げる。

「ああ、ごめんね。突然話し掛けちゃって。俺はね、雪村。雪村和希と言います。3年ね」
 
 その男――――雪村は、俺の警戒心を察して、フッと笑うと、軽く詫びながら自己紹介してきた。
 喋り方も、その笑顔も、優美としか言いようが無く、それはロイヤルスマイルとでも称されるようだった。
 そんな雪村は俺の探究心を煽り、強く興味を持ってしまう。

 だってロイヤルスマイルだよ。
 どんな風に生きるとこんな笑顔が身につくのか、単純に興味が湧かないか?
 それに、気配を消してたってのも面白い。

 俺は警戒心を押さえ、雪村には負けるが自身の最大の笑顔を向けた。
 
 この笑顔で今まで俺は、世間の荒波を渡ってきた。
 嫌いな奴を黙らせたり、気にいった奴を落としたり…とかね。

「俺は…」

 その笑顔のまま名前を告げようとしたら、雪村は右手を挙げ、それを遮る仕草を見せた。

 やっぱり、俺の笑顔でも表情も変えない。完敗。
 結構自信あったのにな。

「知ってる。相沢くんでしょ?相沢樹哉くん。ああ、そのまま前を向いて話して。村上先生にみつかっちゃうから」

 その言葉にハッとして、前を向くと、村上がこちらに視線を向けた所だった。

 村上の位置からは俺の背後、つまり雪村はフェンス沿いに茂った木によって見えないらしい。
 そのまま村上は視線をプールに戻し、プールサイドで騒いでいた生徒に怒号を上げた。

 それを眺めながら、雪村へ言葉を発する。

「雪村先輩、質問が色々あるんですけど、いいですか?」
「うん。いいよ。」
「じゃ、まずは、なぜ俺の事知ってるんですか?」
「俺の友達に情報通な人がいてね。その人に聞いたんだ。珍しい時期に転入する2年生が居て、その子が人形みたいに綺麗な子だって。ね」
「その情報で、俺がそうだとなぜ思うんですか?」
「君のような綺麗な子今までこの学園にいなかったからね。一目見てそうだとわかった。それに、2Fに入るって聞いてたし」

 前を向いているから、雪村の表情は分からないが、その声色で、笑っているのが分かる。
 雪村の顔はきっと、いつでも笑顔なんだろう。

 そう思った。

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