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Red Orchid
本編 > 第三章 日常の秘密 >
 ちらっっと、声がした方に目を向けると、眼鏡を掛けた冷たい表情の男がこちらを睨み付けていた。

 すらっとした細い躯だが、服の下に筋肉の厚い鎧が伺え、その人物に武術の心得がある事が分かる。
 俺の位置からでも分かるほど、眼鏡の下の顔は整っていた。

 なんていうか、この学校って美形率高くないですか……?
 椋介も、智章も、藤平に、雪村。あ、あと、なんて言ったけ?2Aの要注意人物も確か顔がよかった。
 椋介に撃退されてから、見てないけど。

 それに、クラスの2割、他の場所で見かける生徒の中にもちらほら。顔が整った男を見かけているし……。

「もう一度言う。何をしている?」

 俺がうっかり、学園の美形率に思いを馳せていると、その男は眼光険しく不良どもを睨み付けて、重ねて問いかけた。 

「会長……」
「会長?」

 智章の言葉に、疑問符をつけて問い返すと、眼鏡の男は目線をこちらに向けると、にっこりと微笑んだ。
 その笑顔が柔らかくて、驚いた。俺は毒気を抜かれてしまう。

 単純に、喧嘩をする気が失せた。

 しかし、会長って、何の会長?

「……チッ」

 不良達から舌打ちが聞こえ、あからさまに、困惑していた。
 ぼそぼそと、『やべぇよ』という声も聞こえている。

 これは、もう、相手も戦意喪失で、このまま流れるな。と感じた。

 案の定不良達はぶつぶつと聞こえない負け犬の遠吠えを吐きながら、俺たちから離れていく。
 そのままおとなしく立ち去るのかと思っていた。

 だが、不良のプライドからか、会長の横をすり抜けざま、一人の男が聞こえるように、

「たかが、生徒会長のくせに、えらっそうに」

 と吐き捨てた。

 同時に会長の眉毛がピクリと動く。
 
 あ、会長って、生徒会長か!なるほど。

 と、俺が暢気に自己完結していると、会長は冷気を増した声で言い放った。

「たかが、生徒会長だがな、これでもお前達に罰則を与えられるくらいには権限があるんだよ」
「……ふん、雪村の飼い犬が」

 その言葉を耳にした会長から、ぶわっと殺気があふれ出る。

 …………殺気。だしちゃ駄目だろう。生徒会長が。
 というか、雪村って、あのロイヤルスマイル王子でしょうか?飼い犬って何?

 疑問符で一杯になった俺だったが、会長の行動で、現実に引き戻される。
 くるっと振り返りざま、飼い犬発言をした男の横面に裏拳を入れていた。

 拳を入れられた男がバランスを崩し、蹌踉ける。
 それを見た他の不良達が『てめー』とか怒鳴りながら、会長を取り囲もうと動く。

 やばいんじゃないですか?これ。
 ふと後ろを伺うと、智章が青ざめて震えていた。

 自分の事は棚に上げて、しょうがないな。と思いながら、俺は会長に抱きついて、

「会長、落ち着いてください。暴力は駄目ですよ。会長が、こんな馬鹿達と同じ位置に立っちゃ駄目です」
「あ?馬鹿って俺達の事?」
「可愛い顔してんのに、お前、むかつく事いってくれんじゃん」

 あ……挑発しちゃった?

 今にも飛びかかってきそうな男達を尻目に、内心でペロリと舌を出す。
 挑発の言葉の意味で、会長が正気に戻ってくれる事を祈りつつ、後ろから腰に巻き付けた手にぎゅと力を込めた。

「……この手を離してくれないか?分かったから」

 会長の手が俺の手に添えられ、優しげな声がした。
 この声色なら大丈夫だ。と、俺は、腕の力を解き、会長から離れる。

「なに、こそこそ、言ってんだっ」

 馬鹿にされた男達は興奮冷めやらぬ勢いで、俺と会長を睨みつけている。

 これからどうする?
 やっぱし、やっとく?うーん……

「騒がしいと思って、見にきたら、ノブ、そんな取り囲まれて、遊んでるの?」

 緊迫した雰囲気にそぐわない声が食堂の方から聞こえた。
 振り返った俺に、その声の人物が、言葉を掛ける。

「あ、相沢くん、と、石津くん?何?絡まれてるとか?いつも一緒にいる中上くんはどうしたの?」

 にっこりと微笑みながら、俺たちの方へ歩みを進めるその姿に、その場の誰もが毒気を抜かれていった。
 柔らかなロイヤルスマイルを発するその人物、当然雪村だ。

 美しい笑顔の雪村に、不良達は言葉を発せず身動きもしない。

「あの……」

 口を開き掛けた俺を、雪村は、笑顔で言葉を遮り、

「ノブ?何かした?」

 雪村は、会長と、不良達を見比べて、何か感じ取ったらしかった。スッと笑顔を収めて会長を見つめている。
 その眼差しを受けた会長は、ため息を一つ帰した。

「別に、ただ気にさわっただけだ」
「ふーん、ま、いいや。何があったのか知らないけど、ごめんね。その頬、ノブでしょ?」

 と、不良の一人に手を伸ばしかける。

「お前があやまる必要はない」

 その手を掴んで、会長はそう言った。
 そのまま会長は不良達に向き直ると、「悪かった」と頭を下げる。

 さっきまでを知っているだけに、その様子は結構不気味だった。
 その不気味さゆえか、雪村のスマイル効果か不明だが、不良達は「もう行こうぜ」と大人しく去っていく。

 騒ぎが収まったものの、この騒ぎの元凶の俺と智章は、なんともいえない表情で、そこに、残っていた。

 その後、軽く固まっていた俺はふと我に返り、なにやら話こんでいた雪村と会長に、助けてもらったお礼を言おうと口を開き掛けた。
 そのとき、前から廊下を走る音が聞こえ、そちらを見ると、椋介がすごい勢いで、此方に向かい走り込んできた所だった。
 椋介は、俺たちの所まで来ると、息を整えながら、不安と安堵の表情で怒る。
 その内容は、「あれほど待っていろと言ったのに」とか「何かあったらどうするんだ」とか、過保護な反応。

 「そこまで焦らなくても」と、つい口の滑った俺に、智章が「でも、危なかったよね」と更に口を滑らせて、椋介の顔が凍った。

 それを、雪村のロイヤルスマイルが溶かしてくれ、安堵の吐息を漏らしたのだった。

 俺が、感謝の意を浮かべながら雪村を見ると、にっこりと微笑み返され、

「一緒に食事を……と、言いたい所だけど、俺はもう食べてしまったし、俺たちが一緒では、周りが煩くなるからね」

 そう言って、ロイヤルスマイル雪村と会長は其処から優雅に去っていった。

 最後まで王子さまな男だ。
 何げにかっこいいな。うん。

 そんな気持ちで、雪村と会長を見送っていると、椋介が憮然とした声色で、吐き捨てる。

「飯、食うぞ」

 そのまま、さっさと食堂に入ってしまった。

「まだ、怒ってるね、椋介」
「うん。やばいね…」

 と、智章と呟きながらも、先にどんどん進んでいく椋介の後をついて俺たちも食堂へと入った。
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