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Red Orchid
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 第一章 正しいネコのかぶり方



 いや、なんていうか、やりすぎた?
 まさかこんな状態になるとは……。

 なにごともなく普通に過ごしたい。

 それは俺と祖母の希望でもあり、N.Yに居る両親の命令でもある。

 もう問題を起して心配をかけるわけにはいかない。

 けれど、今までだって、好き好んで問題を起している訳じゃないのだ。なぜか、引き寄せられるようにトラブルが降って湧き、俺としては飛んできた火の粉を振り払っているだけだ。

 そして、今更事なかれ主義には走れない、ならどうしたらいいのか。
 もんもんと悩んでいる俺に、祖母はこう言った。

「樹哉、普通に過ごしたいなら温厚になりなさい。そんな人はトラブルなんてめったに引き寄せないよ。引き寄せても穏便に対処する。お前はちょっと気が荒すぎるんだよ」
 
 祖母の言わんとする事は、すぐに理解できた。けど、どうしていいかわからなかった。聞き返しても明確な答えを祖母は出してくれない。自分で考えろって事だろう。
 だから俺は考えた。

 そして、俺が出した結論は、性格なんてすぐには変えられない。だった。
 けれど、装う事ならできる。だから温厚な好人物を演じよう。と思ったのだ。
 ちょっと安易かな、と思わないでもないけれど、そうするのが一番いいような気がした。

 だから、転入の挨拶の時、冷たい雰囲気を印象づけ、その後でにこやかに笑った。
 最初からそれを匂わすよりもその方がやわらかいという印象が強く残るだろう。と思っての行動だ。やわらかい=温厚だと考えた俺は安易だったのだろうか?

 そうして、恥ずかしながら、鏡の前で何度も練習したそれは上手く出来、俺の企みは成功すると思っていた。

 なのに、それは成功したとは言えない。
 いや、温厚ってのは成功したのかもしれないが、それだけではいけなかったようだ。

 そこに気が付いて、男子校というものを甘く考えてた自分を呪い、この顔で産んだ両親を初めて恨んだ……。
 ともかく、どうやら、ここでも平穏な生活をおくれそうにない、と確信したのだった。

「樹哉く〜ん、俺らと一緒に昼飯行こうぜ」
「そうそう、一人で行動すると危ないよ、俺が一緒に行って守ってやるよ?」
「なに言ってんの?お前らのが危ないっしょ?だからぜひ、俺と……」

 4時限目が終わったと同時に、雨後の筍のごとく出現する男達。俺を誘って学食へ行くのに必死なようだ。
 そんな男達に囲まれてしまい、俺は机から離れる事が出来なくなる。

 男子校の男をあなどってはいけない。
 閉塞されたその空間に当然女はいない、すると征服欲や庇護欲等が同性へと向かう。らしい。

 俺は守るべきお姫様と認識されたらしく、ナイト気取りの男達に付き纏われる事となってしまった。
 こんなに平和な日本の学校でそうそう危険がある筈もないというのに、なぜ俺を守ると言い張る?そして擦り寄る?俺に群がる男達よ。理解に苦しむが、そういう風習だと解釈するしかない。

 自分の容貌は自覚していたし、それが同性にも通じるという事も解かっている。今までだってよくナンパされたし、告白もされた。そんな環境だったから同性との行為もないわけではない。女の子も好きだけど。
 だけど、こんな状況は初めてで、この俺が戸惑う状況に陥っているのが悔しい。……ような気もする。
 
 そして、休み時間ごとに砂糖菓子に群がる蟻のようなその有様は、非常にうっとうしい。
 ともすると、机をひっくり返して怒鳴りそうになる。
 だけども、それをする訳にもいかない、なにせ、ほら、俺は平穏な学校生活を送る事を目標にしているから。

 ……冷静に、冷静に……

 心の中でそうつぶやきながら、目の前の男どもをどうやって蹴散らすか考え込んでいた。

「相沢くんが混乱してるでしょ?相沢くんは僕と一緒にご飯食べるんだから!」

 ふと気が付くとどこから割り込んだのか、目の前に小さな身体が俺をかばうように立っている。

「……石津くん?」

 それは、俺の声に振り返る仕草も可愛い石津智章だった。
 
 石津は、隣の席に座った俺にやさしく教科書を見せてくれた子で、下心の見えない態度で仲良くしてくれている好感のもてる人物だ。ま、石津は、彼自身が可憐な顔立ちだし、身長も俺より低い華奢な体格だから、ここの男達の認識はお姫様で、同じ状況に同情して仲良くしてくれているだけかも知れないけど。

 そんな石津の申し出は正直ありがたい。でもお姫様認定の二人が一緒ってのは現状を煽るだけじゃないかな。
 と思う俺は正解で。

「ふ、二人で食事……それはまたおいしい……」
「ぜひ、お供に俺が…」
「僕もご一緒させて欲しいな〜」

 と、すぐに誘いが倍増する始末。その上、手まで伸びようとしている。
 あ〜〜頭痛い。

 石津はすぐに俺の横に来て小さく「ごめん」と呟いた。その様子は今の俺でさえ手が出そうな可愛さで、当然周りの男どもは色めき立つ。

 「ごめん」ってあんた、可愛いよ。可愛すぎるっ。
 
 現状をほっといて、俺は石津に見惚れたけど、そんな事してる場合じゃない。
 ……どうするべきか。
 このままでは俺達二人は連れ去られ、煩い馬鹿どもと飯を食わねばならない状況へと追いやられるだろう。
 
 それは嫌だ。飯がまずくなる。
 かと言って、平穏な生活の為に100万匹被っているネコをおいそれとは脱げない。
 う〜ん、困った。

「こんな所で溜まってたら迷惑だ、それに俺は昼休みの間に相沢に学校を案内しなければならない」

 突然低い張りのある声が、俺の思考をさえぎった。
 声のした方を向くと一人の男が男達の輪に入り込んでいる。
 それの声は、硬質な硬さを持って、俺の周りの男達の熱を冷まさせているようだ。

 かろうじてその中の一人が呟く。

「なんでお前が……」
「大野に頼まれたんだ。文句は大野に言え、さ、行くぞ相沢」

 そう言って俺の腕を掴み椅子から立たせた男を、俺は呆然と見上げた。

 俺より一回り大きな身体、整った容貌の中切れ長な瞳がきつい目線を回りに放っている。
 まとう雰囲気は一般の高校生のそれではなく、どことなく人を寄せ付けないものを漂わせていた。

 ……なにもの?こいつ。

 俺の探るような目を受け流し、その男は目線を石津に向けた。

「お前もこい、智章」
「あ、うん」
 
 男は俺を引き摺り、集まっていた男達を掻き分けて足を進める。掻き分けられた男達からの抗議に冷たい一瞥を投げつけ、黙らせた。俺達の後を石津が続き、憮然とした男達を残しそのまま教室を後にした。

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