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Red Orchid
本編 > 第一章 正しいネコのかぶり方 >

「お前ら周りを見てみろ」

 そう言われてはっ、と辺りを見渡すと、好奇心丸出しの目、目、目。
 その視線で自分のしている事を自覚した。

 そうだ、俺は今”温厚な樹哉”だった。そんな奴がこんな、見るからに口説いている状況を作り出したりしないだろう事に気が付いて小さく舌打する。

 俺は素早く智章から手を離し、なんとか取り繕うべく、思考を働かす。

 ともかく、口説いているもしくは誘っているって状況を回避すべきだろう。幸い、俺と智章は両方お姫さま認定だ。なら、こんな状況でもじゃれていると思ってくれる可能性がある。口説くよりじゃれる方が目立たない。……たぶん。
なら、天然無意識系で「自分がしている行動は何を意味しているか、わかってませーん」的に対応したら、騙されてくれるかも……

「……え?え?何?」

 俺は、いかにもなんでこんなに注目されているかわかりません。って顔をして、椋介と智章を順番に見た。

「……」
「……相沢くん?天然?」
「え?あっ、相沢じゃなくて、樹哉って呼んで?ねっ」

 主張を変えるとおかしくなるからな、あくまでも、ここは押し通さないと。
 ダメ押しとばかり、にっこり微笑んでやるのも忘れない。

 すると、毒気を抜かれたのか、椋介は盛大なため息をつき、智章は赤い顔はそのままで、苦笑を浮かべた。

「もう。いいよ。わかった、樹哉くん、って呼ぶから、やっぱり、僕、呼び捨てには出来ないし、それでいい?」
「うん。それでいいよ。・・・でも俺、呼び捨てでもいい?」

 俺はそう言って、智章の手を両手に取りぎゅっと握った。途端にまた頬を染める智章。
 本気で可愛いんですけど……その顔。
 ネコさえ被ってなければ、キスしそうな勢いだけど、そういう訳にもいかず、俺は邪気のない笑顔を振りまいた。

「う、うん、それでいいよ」
「わ〜〜うれしい」

 智章が肯定するのを見てはしゃぐ俺。
 そんな俺達を見て、椋介は忌々しげに見つめ、ぼそっと呟いた。

「……こんな所でお前らはじゃれるなっ。周りが煩くなる」

 椋介はそう言うと、周りに鋭い一瞥を投げて視線を散らさせてから、俺の真向かいの席にどかっ、と腰を下ろした。

 俺はここぞとばかりに、身体をビクッとさせ、椋介を見る。
 まるで椋介が乱暴に座ったのにびっくりしたとでも言うように、だ。もちろん、そんな事思ってもないんだけども。
 後はおずおず、とかおどおどとかいう形容詞が付くような様子で、椋介にあやまるだけだな。

「え?う、うん。……ごめんね」

 ついでに、小首をかしげ上目使いで、椋介を見てやった。
 すると、剣呑な顔つきだった椋介の眉毛がピクリと動き、少し赤くなると、「もう、いい」と小さく呟く。そのまま憮然とそっぽを向いてしまった。

 あれ?照れてる?

 こいつ見るからに硬派って感じだったし、俺になんて興味ないのかと思ったら、そうじゃないんだな。
 最初見た時に感じた高校生らしからぬ様子もなりを潜めていたし、これなら、なんとか、欺き通せるかもしれない。それに、うまく使えば周りのうっとうしいのを蹴散らしてくれるかもしれないし。と思い至り、俺は一人ほくそ笑んだ。

「お前ら、早く飯を食え、冷める」
「え?椋介は?」
「俺はいい。もう食った」
「早〜〜い、じゃ、樹哉くん、食べよう?」
「うん」

 ともかく俺のネコは剥がれ落ちずにすんだ模様なので、安心して、飯を食い始めた。
 食べ始めながら、俺は何か、忘れている気がしてきていた。
 目の前の、本日の定食サバ煮込みを食べながら、考えをめぐらす。

 あ……なんだっけ?

 …………あっ。

「あの、智章、椋介くん?は、いったい誰?」
「は?」
「樹哉くん?言ってる意味がわかんないよ?」
「えーーと、同じクラスなのかな?」

 そうなのだ、俺は「椋介」という名前しか知らない。同じクラスだとは思うんだけど、確証もないし。自己紹介なんてのもしてもらいたいじゃないか。

 椋介は目を丸くして、こっちを見るし、智章は不思議そうな顔をして、動かしていた箸を止める。
 そして智章は、何かに気付いたような顔をして、苦笑した。

「え?あ、言ってなかったけ?椋介はうちのクラス委員長。中上椋介。僕の幼馴染なんだ。ね?」
「ああ」

 クラス委員長?
 そうか、それで、こんなに面倒見がいいんだ。わざわざ俺に助け舟をだすぐらいだもんな。無愛想だけど、男気は有りそうだし。人気もありそう。なるほど。

 と一人納得する俺。

「椋介、剣道有段者で、強いから、何かあったら椋介頼って、ね、樹哉くん」

 智章は、さも当たり前のように、そう言った。
 頼ってって、椋介の了承も得ないで、それはないだろう。智章。

 だけど、俺の興味は、違う方向へと向かう。クラスの連中といい、今の智章の発言といい、「何か」って何があるというんだ。こんな学校で。

 そんな俺の疑いの目をどう解釈したのか、椋介も智章の言葉を固定した。

「ああ、俺に言ってくれてかまわない。ある程度は不快を排除できるし、何かあったら俺に伝わるという事なら、俺も安心出来る」

 頼れと言ったな、椋介。しかも、安心出来るってなんだ?
 つっこみ所満載の椋介の言葉も興味をそそるが、二人して、口をそろえる「何か」が非常に気になる。

「え?何かって何があるの?」
「……樹哉くん、自分の顔綺麗だって自覚あるでしょ?」
「え?ま、ほどほどに……」
「じゃ、襲われたりした事とかってある?」

 俺は、その質問に驚きを隠せないで、智章の顔を凝視する。

 普通ならこんな質問タブーだろ?
 襲われたっていうのは、強姦されたって事で、そんな話し、他人にする奴などいない。聞かれて話す事でもないだろう。
 それを解からない智章でもないと思うんだが、聞いてくるって事は、その「何か」ってそれなのか?

 とにかく、このまま会話を放置出来ず、俺は、正直に話してみる事にした。

「ほどほどに……」
「襲われた事あるのか?」

 言ったとたんに、俺の言葉に、椋介が、食いついてきた。
 ……なんか、もの凄く不機嫌そうな顔になっている気がするんですが、椋介くん。

「ああ、少しだけ?」
「大丈夫だったの?樹哉くん」
「……」

 大丈夫だった事も、そうじゃかった事もあるにはあるけど、どっちを話すべきか。

 強姦を肯定されて同情されるのはかなり不快だ。
 かと言って、回避策をあれこれ詮索されるのも困る。今の俺では、自分で回避したとは言えないだろう。

 ともかく、強姦未遂で肯定しとこう。その方が今の俺っぽいし。

 俺はすっかり食事を取る気が失せて、箸を置くと笑って答えた。

「なんとかね」

 そう言った俺の顔を見て、智章ははっとして顔を曇らせ、椋介は不機嫌な様子を更に強める。

 ああ、なんか、俺、可哀想な人になったっぽい?そんなんじゃないんだけど。
 だいたい俺は、強姦とかって別になんとも思ってなかったりする。だって男だ。孕むわけでもないし、やられて気持ちよくなるのは男の性だし、気持ちいい事してそれが屈辱になる筈がない。と思うのは俺だけだろうか?

「そんな暗くならないで、ね、襲われたけど何にもなかったんだから」
「ごめん、樹哉くん、こんな事言わせたい訳じゃなかったんだ……」
「ほんともう気にしないで。で、それが”何か”ってやつ?」

 俺的に、気を使わせていると言うのが気になるので、早々に話題を「何か」に移す。
 それを察してくれた智章は話題をそれに切り替えた。

 その横でまだ不機嫌な椋介はこの際ほおって置く事にする。

「そう、普通の男子高だったらそんな事もないんだろうけど、ここは別。なんか伝統みたいなのが残ってて、男同士ってのが結構普通なんだ。」
「伝統?」
「うん、昔の武士って稚児さんとかっていたでしょ?それにあやかってって感じで、男同士の関係に偏見がないんだ。得に運動部はね」
「ふーん」
「最初はノーマルな状態で入学しても、ここの雰囲気に流されちゃって、そうなっちゃう人が沢山いるの。この学校」
「沢山……」
「そこまではね、まぁ個人の自由って感じだし、いいんだけど、中には、自分の好みの子を襲っちゃう人がいるんだよ」
「学校内で?」
「うん、そう。」
「それ、ばれないの?」
「う〜ん、僕が1年の時は2度あったかな。その時は襲った方は退学と停学。襲われた方は二人とも自主退学した。それに、泣き寝入りもあるみたい。よくわかんないけど、ひどいよね」

 さらっと言う智章もそんな学校に毒されていると思う。
 が、そんな事より、問題は、強姦が横行しているって事実だ。

 やばい、非常にやばい。
 
 それがばれれば退学か停学になる。って事は、暴力事件とかにも厳しそうだ。普通だけど。
 自分が襲われるってのはまだいい。なんとかする事も出来るし、口封じも出来るだろうから。
 だけど、そんなに頻繁に強姦が行われてるならその場面に遭遇する事もありえる。そうなったら、俺はどうする?
 見過ごして平穏な生活を取るか?
 いや、そんな事は出来ないし、したくない。だとすると……またか、またなのかっ。

「あ、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、僕も狙われる方だけど、要注意人物に気をつけて、一人にさえならなきゃ全然平気だったし、それに、椋介も助けてくれるし」

 俺の沈黙を怯えていると解釈した智章に励まされた。
 怯えてるんじゃないんだけどね……。

 俺は、「ああ」という椋介の相槌とにっこり笑う智章の顔を眺めながら、とんでもない学校に転入してしまったと後悔した。
 N.Yの両親よ。なぜにこの学校だったんだ?

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