<< BACK
Red Orchid
本編 > 第一章 正しいネコのかぶり方 >

 山の斜面に位置するこの学校は、階段状に建物や施設が建っている。一番上にはテニスコート、次が体育館、武道館、旧体育館、プールが、そして、一番下には校舎、食堂、グラウンドがあると担任の大野は言っていた。
 校舎の三階とテニスコートとは高さが同じくらいで、三階からはテニスコートが良く見えるらしい。もっとも、見えたとしても女性が居ないこの学校にそれを楽しんで見る奴などいないだろうと俺は思ったが、大野が意味深に笑うので不思議に思った。それが、そういう嗜好の奴がいる事を指していたのだと、今更ながら気が付いた。

 そして、俺は、そんな嗜好の奴、奈良岡と三村に食堂の裏に連れ込まれている。

 そこは、1.5メートル程の幅を持った通路のようになっており、周りは山と学園を区切るフェンスで囲まれていた。よく茂った新緑はフェンスを乗り越えこちら側にはみ出し、その為か全体的に薄暗い。食堂の換気口からは食事を作る場所独特の匂いが漏れていて少し臭かった。
 汚いという印象はないが、嫌な雰囲気がするのは、自分の今の状況から感じているのか?

「すまんなぁ〜、今部活の最中だから、部室とかはつかえねーのよ。ここで我慢しろよ?」

 三村は相変わらず肩を抱き、卑下た笑いを浮かべて俺にそう言った。
 そんな三村に多少悪寒が走るが、それは無視して、俺は、これからどうしてやろうか、と考える。

 普通なら、このくらいの幅の通路は1対多数の場合都合がいい。一度には襲い掛かって来れないからだ。
 だが、二人に挟まれている今の状況からだと一遍に来られるだろう。
 前に出るために、奈良岡を追い抜く事も、この幅ならすぐに捕まってしまうだろうから、出来ない。
 後ろから羽交い絞めとかにされると、結構厄介だ。

 それでも、と俺は思う。
 俺に油断しまくってくれているこの二人相手なら結構たやすいか。と。

 とにかく、この引っ付いている三村を剥がす事に決定した俺は、無言のまま、奴の右わき腹に肘鉄を食らわした。
 振りが短かったから、威力は普段の半分だと思うが、それは三村をよろめかすぐらいにはなったようだ。
 奴は「うっ」と短い言葉を発し、前屈みで半歩下がっていった。

「三村!」
「痛ってーー」

 奈良岡が悪役面のその顔を歪め、こちらを振り返る。よろめいた三村を目にして、信じられないと言う顔で、俺を見た。
 
 俺の前には、そんな二人が居て、そして、俺の後ろは歩いてきた場所が逃げ口として開けている。

 わあぉ!逃げれるじゃんか!俺。 
 たいした事もしてないし、ここで逃げたらもしかして、バレないかもしれない。と思いついて、後ろ向きにじりじりと下がる。
 角まできたら猛ダッシュしようと決心していた。

「おいっ!こら、待て」

 やはり一人でしか向かって来れないらしい、俺に近い三村の手が素早く俺に伸びて来た。が、そんなのに捕まってやる程鈍くもない。すっと避けると三村は空を掴み、バランスを崩していた。

「馬鹿、三村、お前どけ、狭い」
「くそっ、俺がやる」

 目だけは、俺を向きながら言い合う二人。隙はありそうだ。
 だから俺は踝を返し、ダッシュした。

 角は目前で、これで逃げ切れると思った俺の目にそこから何かが出てきたのを映した。
 
 人だ!

 と思ったが、走り出した勢いは止まらず、突然現れた壁のような身体にぶつかっていた。

「あっ!」

 タックルのように思いっきりぶつかったにも関わらず、その人物は俺を受け止めよろけもしない。

 おぉ!すごい。
 一瞬状況を忘れ、感心してその顔を見上げた。

 逞しく大きな体格の上についていたのは、男くささを前面に出した、整った顔だった。肩まで伸びた髪はアッシュブラウンに染められ無造作に後ろに流してある。
 ぶつかった衝撃からか、切れ長の目を片方だけ瞑り、眉を顰めてうめいていた。

「ってーー。行き成りなんだ……」
「……あ、すみません」

 その人物が上げた声に、ちょっとばかり見惚れていた俺は、ハッとして身体を引き離そうと動いた。
 だが、すぐに伸びてきたその人物の腕に取り込まれ、叶わなかった。

 こいつらの仲間?

 その動作に不信感を持ち、下からその人物を睨み声を荒げる。

「ちょっと、何するんですか?」

 抱きすくめられた身体が思うように動かず、この人物の力が強い事に気付く。
 こうなってしまえば、逃げ出すのに、結構労力を使うタイプだ。

 やばいな、と俺が思っていると、

「助けてやる」

 小さい声で、そう呟くと、その人物は、目線を後ろの二人に注いでいた。
 その目つきは鋭く、俺に獰猛な獣を連想させる。

 う、色っぽい。

「ふ、藤平……」

 不謹慎な事を考えている俺の耳に三村の声が聞こえた。

 藤平?
 この名前もどっかで聞いたな…………おぉ!!またもや、危険人物!
 ラグビー部じゃなくて、こっちか。なるほど!

「お前ら、またやってんのか、こりねーやつらだな、頭に脳みそ入ってんのかぁ?」

 そう言いながら藤平は拘束していた腕を解き、俺の身体を自分の後ろに追いやる。

「う、うるさいっ」

 奈良岡がどもりながら答えるのを聞き、二人がこの藤平を怖がっている事を感じた。

 これは、柔道部コンビ、前に藤平に叩きのめされてるんだな。
 いいきみだ。
 でも、あの二人を怖がらせるんなら、中々強いんだろう。
 喧嘩、見てみたい……。

 そんな欲求が沸々と湧き出して、このままここに残るつもりになっていた俺に、振向いた藤平が驚いたように俺を見てきた。

「お前、なにやってんの?」
「え?あ、えーと」
「……逃げてくんない?居られても困るし」
「はあ」

 藤平に、嫌そうにそう言われて、俺はしぶしぶ頷いた。

 その様子に満足したかのように、俺から目線を外した藤平は、すでに臨戦体勢になっていた。
 後ろ髪を引かれる思いで、俺はそこから離れる為、足を進める。

 角を曲がり3メートルくらい進んだ所で、怒号と衝撃音が聞こえた。

 あー、くそ。
 見てみたかったのに。

 でも見たいと言って、不審に思われてもな、せっかくネコ、剥がれなかったみたいだし。
 そうだ!何か忘れ物、とか、落し物とか言って戻るか?

 いや、駄目だ。それは無理だ。
 ああ、でも見たかった。

 本気で、がっかりしながら、俺はそのまま帰途についた。

niconico.php
ADMIN