<< BACK
三輪×片山シリーズ
STORY > 凪 >


「晴貴。帰り、『胡』でご飯食べて行かないか?」

 バイトの時間が終わりロッカールームで着替えていいると、高校時代から尊敬していた先輩、益子さんにそう声を掛けられた。

 時間は12時を少し過ぎた所、本来ホストとしては早い退け時間だけど、俺を送るという名目の元、経営者である皓貴が益子さんに許可を出しいつも一緒に帰っていた。

 つーか、どんだけ過保護?
 俺、男よ?

 そう言や、三輪も迎えがどうとか言ってたなぁ。

 まったく馬鹿兄といい、アホ三輪と言い……。

 そうぶつぶつと文句を言っていると、

「晴貴、聞いてるか?」

 益子さんが焦れたように、俺の腕を掴んだ。

「あ、すんません。飯ですよね──…」
「ああ、一度も良い返事を聞いた事がないがな?」

 手を離しながら、悪戯っ子のような笑顔でそうウィンクする益子さんは、正直かっこいい。
 女ウケする甘いマスクに柔らかな物腰の益子さんは、三輪とはまた違う魅力在る男だ。
 どっちかと言うと、「歴代生徒会長の中でも随一の美女」とか言われた橘に雰囲気は近い。

……ま、男相手に美女って変。とか思うけどな。

「なんだ?じっと見て。……私に惚れたか?晴貴」

 隣り合うロッカーにスーツの上着を掛けながら、益子さんがにやりと嗤い軽口を叩いて来た。

 その視線や言葉に一瞬どきっとした。

 益子さんに揺らいだとか、そんな事じゃなく、その冗談をまともに取ってしまった俺に。

 やべぇ、いつの間にか思考がおかしくなってやがる。
 普通、男が男にコナなんてかけねーつーの。

 しっかりしろ。俺。

 んな事は三輪だけで十分だ。

「ははは。ずっと惚れてますよ。益子さんの才能と人格に」
「…………いんだよ?」

 軽く受け流しながら着替えを続けた俺に、益子さんが小さく何か呟いていたが、その言葉は俺の耳には届かなかった。
 問い返すも「なんでもない」と返されれば、それは些細な事なんだろうと、俺の頭からは消え、替わりに脳内を占めたのは、三輪の手前誘いを断り続けていた罪悪感だった。

 こう何度も断るとさすがに気が引けるし、俺としても久しぶりに益子さんとゆっくり話もしたい。

 別に何もやましい事はないしなぁ……。
 行くか。

 服を着替え終えロッカーのドアを閉めた俺は、ポケットの携帯を握りしめながら、そう結論を出した。

「飯っすよね?」
「ああ?ああ、そうだな」
「行きましょうか」
「……いいのか?」
「何度も誘って貰って断ってばっか、ってのも悪ぃしそれに、俺も益子さんと前みたいにゆっくり話したいっすから」
「そうか」
「はい。……すみません、ちょっと先出てます」

 そう言って着替えている益子さんを残し、三輪に電話をする為に足早にロッカールームを後にした。
 
 なんせ、三輪の事は秘密で、そんな三輪の嫉妬は恐ろしい。
 連絡せずに益子さんと二人で出かけるなんてバレたら、それこそ橘の時の二の舞だろ。

 それは勘弁願いたい。

 そんな事を思いながら、ポケットにあった携帯を取り出し、三輪に電話を掛けた。

『はい』

 二度のコールで出た三輪に、どう切りだそうか、迷う。
 
 きっと、三輪は不機嫌になる。

 あーーっ、あ。嫌だな……どうしよう。

「あ、のな、三輪。これから、益子さんと飯行ってくるわ……」

 散々考えて、出てきた言葉はストレートなものだった。

……俺に上手い言葉を言えと言うのが間違ってる。

 三輪の口から出る不機嫌な言葉を覚悟して、携帯を持っていた手に力が籠もった。

『ああ、……そうですか。いってらっしゃい』
「へ?」
『楽しんで来て下さいね』
「あ、ああ」

 それだけで会話は終了してしまった。

 俺の予想は大外れ。
 あっけないほどの快諾だった。

 そうなると、怯えていた俺はどこへやら、普段と違う対応に戸惑いと共に湧き上がったのは、不安。

 確かにそれは、普通の反応だ。
 俺と益子さんがどうにかなるなんて事絶対にあり得ない。

 ただ先輩と飯を食うだけ。

 けど、何時もの三輪なら反対する。

 それは嫉妬と独占欲の現れ。

 なのに、そうしない三輪。
 
 どうしたんだ?
 なぜ?

 何時もあるものが無いのは不安を煽る。
 それも二度目だ……。

 落ち着いて来ている。と思えばそうかもしれない。
 変わろうとしてくれているのかもしれない。

 それなら良い。
 けど、もしそうじゃなかったら?

 俺はどうすりゃいいんだ……

「──…三輪っ」



 その後すぐにロッカールームから出てきた益子さんに連れられて、飯を食いに行った。

 だけど俺の心に黒いシミを付けたその不安を抱かえたままの心情では、旨い酒も食い物もすべて味気ない物になり、何を話したのかさえも記憶に止まらなかった。



niconico.php
ADMIN