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三輪×片山シリーズ
STORY > 凪 >

 その後何故か、毎日のように益子さんから誘われるようになった。
 それはバイトの無い日にも……。

 普段の俺ならきっとそれを断っていただろう。

 けれど、疑心暗鬼に陥った俺は、誘われるまま益子さんと出かけた。

 当然、三輪との時間は減少するが、それでも何も言わない三輪に焦りのような物を感じ、試すような電話を毎回してしまっていた。

 情けねぇ……。
 そう思うけど、止められなかった。

 きっとその内三輪は怒り出す。
 いい加減にしろと言う筈だ。

 何時もは怯えるそんな反応を求める自分を自嘲しながらも、それを期待していた。

 なのにそれは期待はずれに終わり、一度も電話の向こうの三輪は怒る気配を見せない。それどころか、不機嫌さの欠片も見せなかった。




「はーーーっ」
「……なんだ?晴貴、そのため息は。……何か悩み事でもあるのか?」

 バイト最終日、目的のVIP客を送り出したその日も俺は益子さんに誘われて、益子さん行きつけの和風居酒屋『胡』に来ていた。

 今日も例のごとく、三輪に連絡したものの、決まり切った台詞のように『楽しんで来て下さい』という、俺にとっては今一番聞きたくない言葉を聞き、それを思い出しての大きなため息を付いていたのだ。

 そんな弱り切った俺に、益子さんの言葉は魅力的で、酒の勢いもありついぽろっと漏らしてしまった。

「あーー。聞いてくれます?」
「可愛い晴貴の悩み事だ。ぜひ、相談に乗ろう?」
「はは。可愛いって男に言わないでくださいよ……」

 そう言いつつ、俺は益子さんに事のあらましをかいつまんで話した。
 もちろん、相手が男でしかも三輪だというのは省いて。

「……で、晴貴は、そんな相手の気持ちが解らなくて悩んでいる。と」

 益子さんは黙って最後まで話を聞き、そんな風に纏めると手元のビールを一口飲んだ。

「そう、なんっす」
「……確かに、今までされていた嫉妬が無くなるのは不安だな」
「……」
「晴貴の言うように、その子も自分のその嫉妬深さを直そうとしているのかもしれない」

 益子さんの言葉に希望を見いだして、俺の心が少し軽くなる。

 飲んでいた日本酒をテーブルに置き、希望を込めた目で益子さんに目を向けると、眉を寄せ苦悩しているような表情で俺を見ていた。

 なんで?そんな表情を?

 三輪は直そうとしてくれてるんだろ?

「でもな、晴貴」
「益子、さん…?」
「そういった子の嫉妬心は普通すぐには納まらない。いくら我慢しても少しは滲み出てしまう筈だ。……それに、」

 深夜だというのにこの店は繁盛していて、店内のざわつきが煩いけど、丁度良く開いた個室に通された俺達の空間は少し静かで、小さな声で話しているにも拘わらずはっきりと聞こえていた。

 なのに今は益子さんの声を遠くに感じる。
 
 不安を煽るその表情を見て、それ以上聞きたくない、そんな心情が働いている所為だろうか……。

 しかし現実はそう甘くもなく、聞きたくないと思っている音ほど拾ってしまうもので、益子さんのその言葉ははっきりと耳に入ってきてしまった。

「会う時間が減っているというのに、なにも言わないってのは、さすがに……。嫉妬以前の問題って気もするな」
「……っ」

 最悪な予想を固定されて、心の中がぐちゃぐちゃになる。
 今まで経験した事がない程の絶望感を感じた。

「はは……っ。や、っぱ。そう、思います?」

 酒の所為でぶっ壊れそうな涙腺を必死に押しとどめて、飲みかけの酒を一気にあおる。
 カッと熱い液体が乾いた喉を通り胃に落ちると、そこから痛みが湧いて出た。

「つっ…」

 咄嗟にグラスを置いて、痛みのある場所に手を置く。
 それとは反対側の右手が、持っていたおしぼりをギュッと力を込めて握ってしまった。

 痛いのは、胃か?
 それとも不安がる心の方なのか……。

 痛みの増す其処を握った手で押さえ気を紛らわせていると、不意に正面に座っていた益子さんの手が、力の籠もった右手に触れた。

「……?」

 顔を上げると、心配そうに俺を見つめていた益子さんにギュッと手を握りしめられた。

「晴貴、私は……っ」

 瞬間、益子さんの瞳が揺れた。
 何か不安そうな、悲しそうな、そんな顔。

「益子さん?」

 でもすぐにその表情は消え、元の俺を心配していた表情に戻る。
 そして、離される手……。

 なんだ?


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