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三輪×片山シリーズ
STORY > 凪 >

「──…晴貴」

 自分の名を呼ばれて目線を上げると、心配そうな顔の益子さんが俺を見ていた。

 また、この人に心配を掛けてしまった。


 なぜこの人と一緒の時に、こんな状況になるんだ……?

 タイミングの悪さに心の中で舌打ちをしながら、益子さんに詫びた。

「はは……すみません。……」

 三輪の事を信じられなくて、逃げている糞女々しい自分に腹が立つ。
 
 解っているのに、行動出来ない自分を感じて苦笑いを漏らしていた。


 益子さんの前で見せるべきでない感情が次々に湧き出ていて、これ以上ここに居る事が出来ず、帰ると告げた。

 席を立つべくテーブルに手を置き、体重を掛けたその時、益子さんの手が重なってそれを制される。

「何ですか?」
「待ちなさい。晴貴……とりあえず、座れ」

 重ねられた手に力が籠もるのが解る。
 言葉に威圧感を感じ、思わず浮かしていた腰を元に戻した。

「何、です?」

 平素と違う益子さんの様子に、戸惑いながら話を促すと、

「……晴貴、私では駄目か?」

 静かに、益子さんの口が動く。

「私なら、そんな顔を晴貴にさせない。……お前が不安に思わないように愛そう。……だから。晴貴、三輪と別れて私を選ばないか?」 

 怖いほど真剣な表情の益子さんが吐き出した言葉が自分の内部に入り込む。

 三輪と、別れて、益子さんと……?

 三輪と別れる……。


 自分勝手な行動で俺を振り回し、俺を束縛した三輪。
 俺が他人に触れるのも触れられるのも嫌で、友達どうしのそれにも嫉妬した三輪。
 どこでも欲情して、俺を困らせた三輪。

 全身全霊で愛を俺に語った──三輪。


 その行動全てが俺に向かっていた。


 それを全て失って、新しくこの目の前の人と……?

 それは……、

「無理です」

 もう既に失ってしまったかもしれないけど、それを確かめる勇気が今の俺にはないけど、それでも、三輪以外を選ぶなどあり得ない。

「益子さんの事を嫌いとかじゃないです。けど、俺は三輪しか……」
「あんな三輪でも、か?」

「どんな三輪でも、です」

 それは変わらない事実。

 そこだけは揺らがない自分の正直な気持ちだった。


 迷い無く言い放つ俺に、益子さんは大きなため息を吐いた。

「……解ったよ。三輪がそんなに良いんなら、このままで良いわけないだろう。晴貴」
「え?」
「車で来ているから、送ってやる。三輪の家までな」 
「え、でも……そんな」
「晴貴、聞かなきゃ解らない事はあるんだよ。真実を確かめるんだ」

 そう言うと、益子さんは伝票を持ち席を立った。
 
 益子さんの言っている事はわかるし、俺だって出来る事ならそうしたい。

 けど、

 真実。
 それを知るのが怖い。

 怖いんだ。

 問いつめて終わってしまうなら、今のままで続いた方がマシだと思った。

 たとえ、それが中途半端な関係でも……。

 そんな考えがこびり付いている俺の身体は縫ったように椅子から動かない。
 女々しい行動だと解っているから、益子さんの顔も見る事が出来なかった。

 そんな俺に焦れたのか、益子さんは苛立ちの籠もった声で、

「晴貴、行くぞ」

 あまり聞かない益子さんの声の調子に、咄嗟に顔を上げると、益子さんは少し怒ったようにして眉を潜めていた。

 そうだった。
 益子さんだって、俺に三輪が居る事を解ってて告白した。真実を確かめる為に。
 それが断られる事になるかもしれない恐怖に打ち勝って。

 そんな益子さんに勇気を貰ったような気がした。

 怖いとか言ってないで、俺も三輪と話さないと……。

 少し怒ったような顔をする益子さんを仰ぎ見て、俺は覚悟を決めた。

「──…はい。行きます」

 真実がたとえ三輪の心変わりだったとしても、今度は俺が三輪を追いかけよう。
 
 藻掻いて、
 藻掻いて、

 結果がどうあろうとも。



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