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三輪×片山シリーズ
STORY > 凪 >

「──…ん」

 頭を撫でられる心地良い感覚に、フッと意識が浮上して、最初に目に入ったのは見知らぬ天井だった。
 どこだろうと思い視線を動かすが、なぜか定まらない視点の為に、はっきりとは解らない。

 ただ、薄暗い室内は、どこかのホテルだろうと予想だけは出来た。

 覚醒している筈なのに、どこか夢の中にいるような感覚を不思議に思っていると、すぐ側から声が聞こえた。

「気が付いたか?」

 首を動かせば、そこには近すぎる益子さんの顔があり、ここで初めて自分の今の状況が解った。

 どこかのホテルのベッドで、俺は益子さんに抱かれて寝ていた。
 さっき感じた心地よい感覚は、益子さんが髪を撫でていた所為だろう。

 でも、どうしてこんな事に?

 そんな戸惑いの籠もった目線で益子さんを見ると、苦笑とも自嘲ともとれる笑みを返された。

「益子さん?」

 その笑みが益子さんに似合わない。
 漠然とそう感じた。

 ともかく、近すぎる益子さんから距離を取ろうと、身じろぎして発覚した事実に愕然とする。

「……っ」

 俺の両手は手首の所で布で縛られていた。

 なんで……こんな。
 俺はどうしてたんだっけ?
 益子さんはなんでこんな事を?

 定まっていなかった思考が正常に動き出し、段々と状況を分析し始める。

 あの時コーヒーを飲んでから自分の意識が落ちた。
 その寸前に聞いた益子さんの言葉。

 パズルのピースがはまるように、理解した。

 最初から益子さんは俺を三輪の所に送るつもりはなかったのだと。

 何時も三輪に注意されてたのに、うかつな自分に腹が立つ。
 だけど、益子さんだったから。
 こんな事する人じゃないと思っていたからこそ、警戒を解いていたというのに……。

「どうした、晴貴」

 言葉を紡ぎながら伸ばされた指先が俺の唇をなぞる。

 湧き出た嫌悪感に俺は顔を背け逃げた。

「なんで?……」

 こんな状況では、益子さんが何をするつもりなのか、いくら鈍感と言われている俺にでも解る。 

 けれどどうしてこんな事をしているのか、思い立ってしまったのか、理解出来ず思わず問いた。

「『ずっと』と私は告白したが、お前が新入部員として入ってきた時からだとは知らなかっただろう?」

 背けた顔を力が込められた指が顎を掴み、元の位置まで引き戻される。
 痛みに呻きながらも抗議の意を込めて睨みつけると、冷めた双眸が俺を見据えていた。

 その表情に微かな恨みのような物を見つけて、自然と身体が震えてしまう。

「それこそ手も出せない程大切にしていたんだ。だからこそ私は、お前との関係をじっくりと深めていった。自然に私の手を取るように、だ」

 今度ははっきりとわかる自嘲ぎみな笑いを浮かべて、益子さんはそう言った。

 捕まれていた顎から離れた指が自分の顔を這う不快さに眉を潜ませながら、俺は益子さんの言葉を黙って聞いていた。
 拘束されている今、不用意に動き相手の不興を買うのは、得策ではないと思ったからだ。

 だが、益子さんが発した次の言葉に俺は過剰に反応する事になった。

「なのにお前は、強姦という卑怯な方法でお前を汚した三輪を、受け入れてしまった」

 三輪に強姦された。

 それは誰にも言った事のない俺の秘密、それこそ親友の橘でさえ知らない事実だった。

「なんで?なんで、その事を知ってるんだよ!」

 誰にも気付かれていない、いや、気付かれないようにしてきた俺にとって、それを知られていると言う事実は羞恥と恐怖の対象だった。

 男に強姦されるという屈辱。そして知られた後に来る軽蔑、同情といった類を受けたくなかった。

 突然乱暴に声を上げ睨んだ俺を、益子さんは驚いたように見た後、フッと笑って言葉を続けた。

「お前をずっと見ていた。そう言っただろ?……あの日も、あの場所から走り去る晴貴を見たんだ。あの後のお前の酷い有様に声を掛けられずいた私に、三輪は言ったよ『片山さんは俺が頂きました。だから、貴方は諦めて下さいね』とな。」

 あの時──三輪に強姦されて、俺の頭はぐちゃぐちゃで、他に何か考える事なんて出来なかった。

 そんな頃に二人がそんな会話をしていたなんて……。

「……こんな事ならさっさとお前に手を出せばよかったと後悔したよ。そうすれば今お前の横にいるのは私だった筈だ。── そうだろう?晴貴。お前は強姦された恐怖から三輪を好きだと勘違いしているんだから」

 俺の顔を撫でながら、歪んだ笑顔で言われた言葉を理解出来ずに首を傾げる。

 なぜ、恐怖に愛情が繋がるんだ?
 益子さんの言っている意味が解らない。

 そんな様子の俺に益子さんは「わからないのか?」と呟きながら嗤った。

「三輪は恐怖心でお前を支配した。そして、その強い三輪からの情愛と呪縛からお前はあいつしか見れなくなり、其れを愛だと勘違いしたんだ」
「違うっ!」

 自分の気持ちも、三輪の愛も否定されて、俺はカッとなって言葉を荒げ叫んだ。
 拘束された手を振り回しながら益子さんの側から離れようと藻掻くが、うっとうしそうに手を取られ、馬乗りにされれば俺は更に動く事が出来なくなってしまった。

「離せっ」
「違わないよ、晴貴。それは愛とは呼ばない」
「違ぇ!」

 俺の三輪への気持ちはそんなものじゃない。

 だって俺は……。

「可哀想に、よっぽど呪縛が酷いんだなぁ……大丈夫、私が救ってやる。私が晴貴を支配して呪縛を解いてあげよう。まずは身体から── 心はそのうち解放される。それからゆっくり私の愛をあげよう。出来るだろう?晴貴。三輪には出来たんだからな?」

 手を頭の上で固定され、段々と益子さんの顔が迫る。
 どこか狂ったような、それでいて陶酔しているような目を目前にして、初めて益子さんを怖いと感じた。

 言われた言葉を理解して、今から行われるだろう行為に虫唾が走る。

 けれどそれに屈する訳にはいかない。

 唇に益子さんの吐息を感じながら、俺は否定の言葉を口にした。

「あんたじゃ無理だ。例え身体を自由にされたって、俺は三輪を選ぶ……俺はずっと三輪に惚れてたんだから!」

 恐怖に震えながらもそう言い放つと、益子さんの顔は見る見る醜悪に歪み、そして少し離れていった。

 次の瞬間、左頬に熱い衝撃が走る。

「……っ!」

 打たれた際に口の中を切ったのか、口内に鉄の味が広がった。

「まだ、そんな事を言うのか?……惚れていた?そんな訳ないだろ。ずっと見ていたんだ、私に解らない筈がない」
「はは、あんたに解る訳ないだろう、俺の気持ちなんか」

 怒気を滲ませながらも狼狽の色が見えた益子さんを強く睨み付けると、また頬を打たれた。

「いっ!……っ。……こんな事をしても、何をされても、気持ちは変わらねえ!」

 確かに強姦した三輪を俺は怖いと思っている。
 けど、恐怖心で感情を支配された覚えはない。

 三輪を好きなのは、そんな事が切っ掛けじゃなかった。 

 初めて会った時、俺の絵を綺麗だと言った三輪の笑顔にどきっとした。

 そこから始まっていて、

 だからこそ、無理矢理身体を繋げられても許せた。

 三輪だったから、今俺はこうして三輪を好きでいる。

 三輪が俺を好きだから。
 じゃなく、
 俺が三輪を好きだからなんだ。

 それが全ての答え。

 俺は、三輪を離したくないんだ。


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