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三輪×片山シリーズ
STORY > 凪 >
11

 自然と三輪の名前を叫び助けを求めていた。

 と、同時に耳にはいったドカッと言う音。
 そして、突然明るくなった視界。
 
 闇に慣れた目はその光の強さに瞬間なにも見えなくなった。

 何だ?
 と疑問に思った時、聞こえるはずのない声を聞いた。

「片山さん!」

 三輪の声だった。

 俺の上で馬乗りになっている益子さんが邪魔で何も解らない。

 三輪か?
 本当に三輪が来てくれてたのか?俺の幻聴じゃなく?

「み、三輪っ」

 振り返った益子さんが上げたその言葉で、見ているものは三輪で俺の聞き違いでもなんでもないのだと解る。

「益子!その人から退けっ」

 三輪の怒号の後、咄嗟の事に避ける事が出来なかったのか、益子さんの左頬に三輪の拳が吸い込まれるようにしてめり込んで行くのを、どこかぼんやりとして見ていた。

 すぐに顔を歪ませた益子さんが俺の上から飛び退き、大きな音を立てて右側の壁へと激突して行く。
 「ぐぅぁ…っ」と、一声上げそのままそこにぐったりと横たわる益子さんを尻目に、三輪が俺の横に来て無言で拘束を解き始めてくれていた。

「三輪……俺……」

 途端に湧いた罪悪感で三輪の顔を見る事が出来ず、近くにある胸元を見つめながら言葉を紡ごうとすると、三輪は動きを中断してそっと俺の唇に指を押し当てそれを阻止した。

「……切れてるし、腫れてますね」

 その指をゆっくりと動かして、乾きつつある血を拭い取る。
 反射的に見上げると、そこには眉頭に縦皺を作り苦渋に満ちた青い顔をして、俺をじっと見つめている三輪がいた。

 そして、

「色んな事は後で話します。兎に角ここから早く出ましょう」

 そう言って悲しそうに笑った。

 なんで?
 どうしてそんな顔すんだよ……。

 何時も読みにくい三輪だけど、今日は一段と解らない。
 だから俺は、俺自身で三輪の気持ちを想像するしかなかった。

 益子さんに不本意とは言え触られてしまった俺を悲しんでるのか?

 だとしたらまだ俺の事は終わってないのか?
 助けに来てくれたって事は、そう言う事だと思って良いのか?
 そうなのか?

 けど、……安易に救いを益子さんに求め、その所為でこんな事になった自業自得の俺は、お前の元に居る資格があるのか?

 でも、それでも、俺はお前の側に居たい。
 一緒に歩んで行きたい。 

 それは許される事なのか?
 許してくれるのか?

 色々な考えが頭を巡り、自分自身でも考えが纏まってくれない。

「三輪……っ…くっ…」

 三輪が自由にしてくれた手を、その本人に伸ばしたいのに不安に彩られた俺は伸ばせない。
 代わりに謝罪の言葉を吐こうとしても、喉の奥から出てきてくれはしなかった。

 離れて行かないでくれ。
 その為ならなんでもするから!

 そんな本音を吐き出したいのに内部から込み上げてくる涙が邪魔をする。

 こんな時でさえ素直に言葉が紡げない自分が歯がゆかった。

「片山さん……」

 下を向いて、噛みしめても噛みしめても漏れ出てくる嗚咽を必死になって押さえていた俺の頭上から、三輪の悲しそうな声がする。

 三輪にこんな声を出させているのは俺かと思うと情けなくなった。

 違う、三輪。
 俺はお前にそんな声を出させたいんじゃないんだ。

「ごめ……っ、三輪…」

 嗚咽の合間に絞り出した謝罪の声は静まりかえった室内に思いの外響いていた。

 瞬間、ベッドの軋む音と弾む振動。

 そして俺は、力強く三輪に抱きしめられていた。

「泣かないでください。片山さんが謝る事なんてなにも無い。俺が悪い。全部俺が……」
 
 背中に回った三輪の腕が震えている。
 三輪の胸に埋まった俺の鼻腔は微かな汗の匂いを感じ取っていた。

 必死で探してくれたのか。

 そう思うと心が軽くなってくるのを感じる。

「俺がもっと早く益子の思惑に気付いていたら、片山さんをこんなに怖がらせる事なんてなかったのに…すみません。片山さん……晴貴、ゴメンっ」

 三輪の腕の中が暖かくて、解きほぐれた俺の心に三輪の言葉がストンと落ちて来た。

 青ざめた三輪から飛び出したのは名一杯の優しさで、三輪以外に不本意とは言え触れられてしまった事からくる罪悪感も今までの不安さえもなりを潜め、次いで湧き上がったのは助けられた安堵感と純粋な恐怖で……。

「三輪……三輪っ、三輪ぁ……っ。こわ…かっ、た……うっ…」

 俺は三輪の胸元のシャツを掴んで思いっきり泣いた。

 三輪はそんな俺の背中をずっと撫でてくれて、それは俺が泣きやむまで続いた。
 時々「ごめん」と「もう大丈夫だから」と、そして「晴貴」と優しく言葉を紡ぐのを聞きながら。



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