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三輪×片山シリーズ
STORY > 凪 >
12

 あれから、俺が泣きやんでも尚倒れたままの益子さんを放置して、三輪のマンションへと連れられた。

 三輪が乗ってきていたバイクの後部に跨り体温を感じれば夜の寒さなど気にはならず、返ってその暖かさが心に浸みた。

 三輪を手放さずに済んだんだ。

 そんな実感が湧いてきて、幸福感に満たされていた。

「─…片山さん」

 ホテルを出てから黙ったままだった三輪が、部屋の前まで来ると初めて俺に声を掛けた。ドアを支えながら先に入れと促す。
 俺は頷いて三輪の横を通り中へと入った。

 中に入るとすぐに三輪も続き、ガチャと音を立てて背後で扉が閉まる。そして、耐えかねたようにその場で俺を抱きしめて来た。
 その力強い抱擁に俺は目眩に似たぐらつきを覚え、そっと吐息を吐き出す。

「……ふ…っぅ…………三輪…」

 強い拘束の中顔を上げて名前を呼べば、愛おしそうに俺を見つめる三輪の視線を受け止めた。

 そうだ。
 三輪は何時もこんな目で俺を見てくれていた。

 それすらも忘れて一人焦り、疑心暗鬼に陥っていた自分を恥じた。

「……三輪、ゴメン」
「今は……晴貴……」

 首を横に振りながら、背に回っていた手が俺の頬に触れた。
 熱っぽいその瞳で名前を囁かれ、まだ俺の居場所が三輪の横に在る事に安堵する。

 優しく撫でられて、俺はゆっくりと目を閉じた。

「今は晴貴を感じたい…から……」
「ん──…み……ん……はっ…ァ」

 三輪。と名前を呼ぶ事さえ許されず、俺の唇は三輪の其れに塞がれてしまった。

 甘い吐息も、唾液も混じり合ってお互いの中に浸透していく。
 そんな感覚に驚喜した。

 俺は三輪を求め、三輪も俺を求めてくれている。

 それが解るような口付けだった。

「はぁ…んっ、み、…わ…んっ」

 舌を絡ませながらも繰り返し俺は三輪の名を呼ぶ。
 それに応えるように、三輪も俺の名を返してくれる。

 どれ程そうしていたか解らなくなるほどの口付けを交わし、離れた時には名残惜しいかのように、お互いの唇を銀糸が結んでいた。

 何時もキスをすれば火がついたように三輪を求める身体も今日ばかりは違う。
 快楽の中であっても、安堵感と幸福感がより強く支配していた。

 俺はそっと頭を降ろし、三輪の胸元に顔を埋める。
 安心できるその暖かい体温と少し早まった鼓動が心地よかった。

 だけど、無くしてしまったと思っていたモノが再び手の中へと戻ってきた喜びは、三輪の優しさで増長されていく。

 もっと三輪を感じたくなって、
 もっと三輪が側に居てくれる実感を味わいたくて……。

「三輪……もっと強く抱きしめてくれねぇ?お前が……お前が、もう離れてしまわないって俺にもっと実感させてくれ」

 いつもより素直な俺の口が本音を滑らす。

 普段なら絶対に漏らさないそれも言ってみると殊の外心地良い。
 それは三輪の暖かさと相まって、心の中をぽかぽかと暖めた。


「……何か誤解してるみたいですけど?」


 しばらく無言の三輪にそろそろ不安になった頃、上げられない頭の上で三輪がそう呟くから、俺は一気に正気へと引き戻される。

 やべ、今俺何言った?
 離れてくとか、そんな事三輪は一言も言ってねぇ。
 それは俺の疑いであって、妄想のようなもんだ。

 なのに今それを本人が言われたって解るわけねぇじゃねーか。
 三輪にしてみれば何を突然。てなもんだ……。

 気付くと気恥ずかしさと三輪の愛を疑ってしまったという罪悪感に苛まれてしまった。

「や、悪ぃ。なんでもねぇ」
「何でもなくないでしょう。……とにかくここに居てもしょうがありませんし、部屋に入りましょう」

 そのまま腕を引かれてリビングへ向かうと、何時もの俺の定位置であるソファーへと座らされた。

「晴貴も電話で言っていたように、言葉にしなければ解らない事が沢山ある。と言う事に今回の件で実感させられました」

 隣に腰を下ろした三輪が俺を見ながらそう言うのを聞きき、言われた言葉より素面で晴貴と呼ばれた事に気恥ずかしさを感じて目を逸らす。

「何ですか?」
「……いや、別に」

 気取られるのが恥ずかしく、素っ気ない態度をとってしまった。

 今まで「片山さん」と呼ばれていたのにいきなり呼び捨てなんて、と違和感を感じるが、それは嫌な違和感ではなくて少しだけ三輪に近づけたような、三輪の内部に入れたようなそんな身体が温かくなるそれだった。

「ほら。ちゃんと言って下さい。それに、さっき言ってた事も……」
「いやほんと、もう良いんだって」

 三輪の方を見れずに頭の横で「いいから」と手を振ると、その手を掴んで止められ、ハッとした時にはそのまま強く引き倒されていた。

 ソファーに倒れる。と思った瞬間三輪に支えられ、側頭部を三輪の胸に打ち付ける。
 一瞬の内に上半身は三輪の腕の中、ソファーに座った三輪の胸に正面から顔を埋め、下半身は膝立ちといった格好だ。

 何をするんだと、両手を突っ張り三輪から逃れようとするも、力の込められた両腕はそれを許さず、逆にさっきよりも苦しいくらいに抱きしめられた。

 その苦しさに抗議しようと口を開きかけた俺の耳に、三輪の弱々しい声が聞こえてきた。

「もう嫌なんです。言わなかった事で、……聞かなかった事で晴貴をあんな目に遭わすのは。こんな事これからそう何度もあることじゃないのは解ってます。けど、晴貴は俺との別れを考えていたんでしょう?誤解からそんな事になるのは絶対に嫌です。……誤解でもなんでも、晴貴を手放すことなんて出来ないっ」

 いつもの強気な三輪じゃない。
 俺を強く抱きしめる、手が、腕が、身体が小さく震えていた。

 表面上は何もなくただ震えが伝わるだけ。
 だけど俺には、三輪が泣いている、そう思えてならなかった。

 益子さんに襲われて実際怖い思いをして泣きたいのは俺の方だけど、それ以上に今の三輪は何かに怯えて見えて支えてやらなきゃ、そう思わされた。

「三輪…」

 言葉を掛けながらそっと腕を三輪の背中に回す。
 ピクッと小さく反応した背中をゆっくりと撫でた。

「解った、三輪。俺も話すからお前も吐き出せ」

 俺の言葉の後に迷ったように身体が揺れたが、三輪はゆっくりと大きな息を吐き出し、そして静かに話し出した。

「俺はいつも不安だったんです。いつ晴貴に愛想を付かされるのか……それだけの事をしてきた自覚はあります」
「え?」
「始まりが無理矢理で、それなのに晴貴は俺を許してくれた。そして俺を受け入れてくれた。だけど晴貴が離れて行かない保証なんて何処にもない。むしろ離れていかない方がおかしいでしょ。あんな始まりでしかも無理矢理うんと言わせたようなもんでしたし……。だから俺は、……俺はあなたから周りを排除するように束縛していた」

 ふと三輪の力が弱まるのを感じて顔を上げると、今度こそ不安に瞳を揺らす三輪が俺をじっと見ていた。

「晴貴が大学に入って、生活圏が離れると、その思いは増して、……自分でも持て余すのが解ったんです。だから俺は変わろうとした。……そんな時に益子に会って言われました。俺は晴貴を縛ってる。そしてそれに晴貴は息苦しさを感じている筈だ って……」
「んな事……」
「ないって言い切れますか?少なくとも、俺の事を怖がっている。……そうしてしまったのは俺ですけど」

 そう言って俺から目線を外し三輪は自嘲ぎみに笑った。
 その表情が痛々しくて俺は胸が苦しくなる。

 そんな表情をするまで三輪を追い込んだのはまぎれもない俺の態度で、そして、解っているだろうと言葉にしなかった思いは、俺達の中ですれ違いお互いに苦しい思いを募らせていた事を知った。

「三輪……俺は確かにお前が怖いと思うこともある。けど、そんな事で離れたりなんかしねぇよ?」

 背中に回していた手を三輪の頬に持って行き、固まって強張ったそこを揉み解した。

「んな顔すんなよ。俺はお前とずっと一緒に居たいと思ってる。つーかここまで俺をハマらせたんだ。責任とってずっと側に居ろっ」
「晴貴……っ」

 揉んでいた頬を抓った俺に「痛い」と文句を言いながらも、泣き笑いの表情を浮かべる三輪に心が満たされる。

 離れて行く事に怯えていたのは俺だけじゃなく、三輪もそうだったんだと気が付いたから……。

「そんな事を言って、……晴貴も責任とって一生俺だけを見ててください。その瞳に映るのは俺だけで十分でしょ」
「お前もな、よそ見すんじゃねーよ?」

 そう言って俺から唇を合わせた。



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